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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑬

 錦景第二ビル、地下一階、世界のアニメショップ、ゲーマーズの向かいにあるメイド喫茶ドラゴンベイビーズのフロアにはビートルズが響いている。これはいつものことじゃない。いつもはユナイテッド・メディセンズとか、アイドルが歌う、ポップな曲が流れているのに、なぜか今日はビートルズだった。メイド喫茶にビートルズなんて、と篠塚カノコは一瞬思ったけれど、珈琲を飲みながら耳を澄ませていれば、意外とこの空間にマッチしていた。今流れているのは、リボルバから、シーセイド、シーセイド。久しぶりに聞いたけど、やっぱりいいなってカノコは再確認した。

 二八歳独身、大学院まで進学したものの就職もせずにバンド活動をしているカノコは、このメイド喫茶の常連だった。カノコは綺麗な女の子が好きで、綺麗な女の子には綺麗と言ってしまうタイプだ。綺麗な女の子が好きなのは自分が背が小さくて子供みたいな顔をしているからだと思っている。だから背が高くて綺麗な女の子に昔から憧れていたのだ。つまりタイプなのだ。そんな女の子たちに可愛いと言ってもらいたくてカノコはバンドを始めた。メイド喫茶の女の子たちにもちやほやされたくて、たまにドラゴンベイビーズのステージでも歌ったりする。でも増えるのはメイドさん目当てで店に来る男性客のファンばかりだ。嬉しくないことはないんだけれど、笑顔で握手に応じるけれど、なんていうか、複雑だった。

 カノコは高校時代からの友人である、占い師のマシロと、ドラゴンベイビーズのオーナである、天之河ミツキの二人と奥の座席に座り談笑していた。メイドさんが華やかに駆け回るフロアにあって、三人が座るテーブルだけが雰囲気がなんだか違っている。煙草の煙が濃く漂い、三人が放つオーラは、着ている服の色のせいか、ちょっぴりダーティ。きっと周囲の男性客は、魔女の集会だ、なんて思っていることだろう。

 急にフロアが暗くなる。

 ビートルズが消えて、陽気な行進曲が響き始めた。

 手拍子が始まっている。

 ああ、エクセルガールズのライブの時間だ。

 ドラゴンベイビーズのアイドルユニット、エクセルガールズのスズメとマナミの二人は、スポットライトを浴びながら登場した。彼女たちの七十年代のアイドル風の原色の衣装にはスパンコールが編み込まれていて、それがライトを反射して煌めいている。

 いわゆるご主人様たちは彼女たちの登場に歓声を上げた。

 カノコたちも手を叩く。

 彼女たちはこの春にアイドルになったばかり。それなのに、すでにこれだけの歓声を浴びている。東京から彼女に会いにくる人たちもいるという程だ。この勢いは凄い。

 さて、一曲目はカノコが作った踊れるダンスナンバ、エクセルディスコ。

 ピンクとブルーのペンライトを両手に、それが彼女たちのイメージカラーだ、ご主人様たちは曲に合わせて手を振り上げる。

 フロアは瞬間的に沸騰。

 そしてライブは一瞬で終わった。

 彼女の持ち歌は二曲だけしかない。

 ライブが終わって彼女たちは、ご主人様、あるいはお嬢様たちと握手を交わしている。ライブに興奮して涙を流す熱狂的なファンもいる。スズメはそんな彼らを見て露骨に嫌な顔を見せる。「ちょっと、あんた、気持ち悪過ぎっ、あっちいけっ、しっしっ」

 スズメの罵声が響き、さらに盛り上がるフロア。

 彼女のそんな素直さも、エクセルガールズの人気に火が付いた理由なのかもしれない。

 その喧騒の中。

 ひっそりと扉が開いて、女性が店の中に入ってきた。

 カノコが気になったのは、彼女がメイド喫茶に来るような人種にはどうにも見えなかったからだ。灰色のスーツに灰色のネクタイ。駅前のオフィスレディかしら。とにかく表情の険しさが際立っていた。

 すかさず、バイトリーダの東雲ユミコが応対する。ここのメイドたちは皆、頭に何かしら動物の耳を付けているが、彼女はリーダの証としてドラゴンの鋭い耳をその頭に付けている。

 さて。

 その女性は東雲の案内で、一度カウンタ席に座った。

 東雲が差し出したメニューを開き、オーダをしている。

 東雲が彼女から離れる。

 彼女は誰かを探すようにフロアを見回し始めた。

 そしてカノコたちが座る方を見てから、視線を一瞬止めて、カウンタの方に体を向けた。

 東雲が珈琲を彼女の前に置く。

 東雲がミルクと砂糖を差し出すのを、手の平を揺らして断る。

 東雲は深くお辞儀をして、別のテーブルに移動する。

 彼女の背中は、なんとなく、落ち着きがないように見えた。

 珈琲カップを持ち上げた。

 カップを置く。

 そして彼女は再び、こちらに振り返り、席を立った。

 こちらに歩いてくる。

 カノコの正面に立った。

 彼女は化粧が薄く、儚いという表現を使いたくなるような、そんな顔をしていた。

 ただ唇だけが、濃い紅色だった。

 だからカノコは視線を上げてその人の目をまっすぐに見て歯切れよく訊ねた。「なんですか?」

「え?」カノコの対面に座っていたマシロは振り返る。

「占い師のマシロさん、ですよね?」

 彼女はマシロのお客さんのようだった。今日はマシロの家は定休日。一度マシロの家に行って、おそらくそこにいたマシロの弟子であるアイナか、他の魔女の誰かからマシロの居場所を聞いて、ここにやって来たのだろう。

「はい、私は紛れもなく占い師のマシロですけれど、今日は占いはしませんよ、木曜日は完全定休日なので」

「違います、占いじゃなくて、その、」彼女は首を横に振り、そして名刺をマシロに差し出して言う。「私、パイザ・インダストリィの、里見アキラと申します」



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