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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑨

 次の日、六月二日、錦景女子。

 謎の台詞を余韻させてマシロの家から立ち去った水野レナが校内でミヤビに接触してくることはなかった。ただミヤビが彼女のことを意識していたせいだろう、今日はよくレナとすれ違うなって思った。それが気のせいだってことは分かっているんだけれど、今日は何度も彼女の綺麗な横顔を見た。彼女の傍に丈旗がいた、というケースは今日になかった。というか、彼女と丈旗が二人でいるところをミヤビは目撃したことはない。

 二人が付き合っている、というのは本当なのかな。

 まあ、周囲に関係がバレることがないように気を付けているのだろう。あるいは噂が立ったので、距離を置いたのか。

 とにかく、レナがマシロの家にやって来た理由は謎のままだ。マシロは彼女に占いをしたから何か知っているかもしれないけれど、マシロは占いの内容は絶対に漏らさない。トワイライト・ローラーズの四人もその例外とはならないのだ。

 だから、彼女はミステリックなまま。

 ミヤビはレナのことでしばらく苦悩しそうだと思った。

 丈旗と合わせて、苦悩させてくる。

 二人掛かりでなんて。

 なんだか卑怯じゃないか。

 ああ。

 もう。

 くそったれ!

 ミヤビは左足を踏み込み。

 回転。

 バットを振り抜いた。

 高い音が校庭に響く。

 打ったボールは綺麗な放物線を描き、体育館の屋根の上に落ちた。

「快感」

 ミヤビは午後のソフトボールの授業で特大のホームランを打った。

 さて放課後。

 丈旗が黒板係としての仕事をしているのを一瞥、ミヤビは教室を出た。

 ニシキは生徒会の仕事があると言うので、彼女は小さいけれど中央高校の生徒会長だった、ミヤビは一人、自転車を漕いで錦景市駅に向かった。

 空は段々と曇り始めていた。ホームランを打ったときは、あんなに晴れていたのにな。

 少し小腹が空いたと思ったので、マシロの家からも近い、錦景市駅前の地下街にあるマクドナルドにミヤビは行った。カウンタでクォータパウンダのセットを頼み、トレーを両手にフロア歩きながら見回すと、やっぱりいた。

 トイレ横のパーティションに区切られ、照明が上手く当たらなくて、マクドナルドのくせに妙に雰囲気があるテーブルがそこにはある。そこには大抵、ハルカがいる。今日はハルカと、それから錦景商業の二人の女子も一緒だった。メイド喫茶ドラゴンベイビーズでアルバイトをしている、ハルカの親友であるスズメと、彼女のクラスメイトである橘マナミの二人だ。

「あー、ミヤビちゃんだぁ、」マナミが一番最初にミヤビの姿を確認した。彼女は声を上げ手を軽く持ち上げた。「久しぶりだねぇ」

「三日前くらいに会わなかったっけ?」言ってミヤビはテーブルの上にトレーを置いてマナミの隣に座る。マシロの家からドラゴンベイビーズまでは歩いて五分も掛からない距離にある。ちょうどこのマクドナルドがそれぞれの場所からの中間地点になるだろう。いつでも会おうと思えば彼女たちには会える。「スズメってば、今日はいつもより多くない?」

「今日は体育があったからいいのーっ」

 ミヤビの対面に座るスズメのトレーの上にはいつにも増して大量のハンバーガとポテトとチキンナゲットが乗っていた。スズメは大食いだ。本人は人よりも少しだけ食べる量が多いくらいしか思っていないけれど、多分人の倍は食べている。そのことをいじるとスズメは「いーっ」と変な顔をする。今も変な顔でハンバーガにかじり付いている。その変な顔が可愛いから、ミヤビは彼女に会う度に大食いをいじる。最近はいじり過ぎて、視線が合った数秒後に変な顔を見せてくれる。可愛い。彼女がストレートなことが、本当に悔やまれるというものだ。「それにこれから踊るし、歌うし、ちょっと燃費が悪い私はこれぐらいでちょうどいいのっ」

 スズメとマナミの二人はエクセルガールズ、というアイドルユニットを結成している。ドラゴンベイビーズには小さなステージがあって、そこでメイドとして働きながらライブもしたりしているのだ。

「え、これでちょっと?」ミヤビはずっと可愛い変な顔を見ていたいのでいじり尽くそうと思った。

「むっ、」スズメは口にポテトを詰め込んでミヤビのことを睨んでくる。それも可愛い。「むむむっ」

「ねぇ、ミヤビちゃん、私ミヤビちゃんに宿題を教えてもらいたいの、」マナミはミヤビの二の腕を触りながら言った。マナミは魔女じゃない。でも、もしかしたらレズなんじゃないかなって、最近ミヤビは思っていた。なんていうか、スキンシップが普通の女子に比べて過剰。なんだか知らないうちに、二の腕とかいろんなところを触られている。「数学なんだけどね」

「ハルカに教えてもらって」ミヤビはポテトをかじってコーラを飲んだ。

「私文系だから、さっぱりなんだ、」ハルカは首を横に振って少しだけ紫色の混じる短い黒髪を揺らした。「天下の中央のミヤビさんに教えてもらった方がいいと思うのよ」

「えー、私も数学苦手ぇ、」言いながらマナミの方を見れば、数学の教科書を抱いて丸い目を潤ませていた。スズメに負けず劣らす、彼女も可愛い。そんな彼女に見つめられてしまったら、という感じだった。「全く、しょうがないねぇ」

「わーい、」マナミは無邪気な素敵な笑顔を見せる。「嬉しい」

「じゃあ、終わったらキスしてもらおっかな」ミヤビは冗談っぽく言った。

「うん、いいよ」マナミは躊躇いなくミヤビの唇にキスした。

「え?」ミヤビはマナミを見つめる。「え?」

「やだぁ、」マナミは頬をわずかに染めて言う。「そんなに見つめないでよ、ミヤビちゃん」

「あ、ごめん」ミヤビはマナミから視線を逸らした。「ごめん」

 謎の沈黙が発生。

 ハルカがクスリと笑うのが聞こえた。

「ま、全くっ!」スズメが大きな声を出した。おそらくこれがストレートな女子の素直な反応だと思う。「全く、あんた、マクドナルドで何してんのよっ!」

「え、いや、そのぉ、なんか、盛り上がっちゃって?」マナミは自分の額をハンカチでそっと拭いて言う。「ああ、暑い、暑い」

「何盛り上がってんのよぉ!」

「スズメ、」ハルカはスズメの肩に手を置いて言う。「うるさい」

「……で、宿題は?」ミヤビは何事もなかった、と言う感じで聞く。

「あ、うん、ここなんだけどぉ、」マナミも何もなかった、キスなんてしなかった、と言う感じでテーブルの上に教科書を広げ、設問を指差した。「なんていうか、この問題なんだけど、理解不能意味不明でぇ」

「こんなの簡単だよ、ペン貸して」

 ミヤビはしばらくマナミに数学を教えていた。マナミは終始クエスチョンマークを頭の上に浮かべていたけれど、とりあえず宿題を一通り終わらせることは出来た。ミヤビは最後にマナミのキスを期待していたけれど、何もなく終わった。

「あ、いけない、もぉ、こんな時間だ、」マナミは時間を確認して、教科書とノート、筆記用具を鞄に乱暴に仕舞って席を立った。「スズメちゃん、行くよ、モモカさんにまた怒られちゃう」

「え、まだ、」スズメはポテトをかじりながら言う。「ポテト残ってんだけど、もったいない」

「二人に食べてもらったらいいでしょ」

「分かったよ、」スズメは残ったポテトを恨めしげに見ながらミヤビとハルカに向かって言う。「ちゃんと、大事に食べるんだよ、私のポテトなんだからねっ」

「それじゃあまたね」マナミはスズメの腕に自分の腕を絡め、彼女を連れてマクドナルドを出た。

 というわけで、ミヤビとハルカは、このテーブルに二人きりになった。騒がしい二人が消えて、なんだか急に静かになった。

 二人とも黙ったまま。

 だがしかし。

 ハルカとの沈黙は嫌いじゃない。

 何か、とは分からないけれど。

 それぞれの何かを確かめ合っているような時間だ。

 今は。

 うん。

 それから少し照れる時間。

 ハルカと二人でいるとね。

 なんでかな。

 照れちゃうんだよな。

「夢見、って魔法があるんだけどね」

 ハルカは急に口を開き、伊達眼鏡を外して魔性の瞳をミヤビに見せた。



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