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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑧

 気付けば錦景市は深夜二時。

 ディクシーズを出て、ミヤビとニシキとアイナは、マシロと錦景市駅の北口にあるトリケラトプスのオブジェの前で分かれた。

「補導されるんじゃないよ、」マシロは夜に響く大きな声で言って三人に手を振る。近くに交番があるからひやりとしたけれど、遠目で見ればそこに警察官の姿はなかった。「じゃあね」

 マシロの自宅は駅前の高層マンションだ。マシロはいつもまだ高校生の魔女たちを泊めようとするけれど、猥褻なことをされる危険性が高いので、ミヤビとニシキはまだ彼女のマンションに行ったことはなかった。

 マシロと師弟関係を結んでいるアイナは、彼女のマンションに何度も泊まっているが一度も手を出されたことがないと言う。マシロに少女趣味はないと言うのがアイナの見解だった。というのも、マシロのクローゼットには彼女が着られるはずがない細いサイズのドレスが並んでいたからだった。つまり、マシロには関係を持っている女性がいる。アイナは機会を見て、それとなく、細いドレスについて聞いてみたことがある。「まあ、いつか着れる日が来るでしょうよ」彼女は言葉を濁した。女性関係についても聞いてみた。

「いないわよ、特別な人なんて、友達は多いけどね、」マシロは含み笑いをして答えた。「私はあんたたち子守で精一杯だし」

 アイナはもちろん、釈然としなくて、絶対に特別な人のことを隠しているんじゃないか、って思っている。マシロには秘密、というか、謎が多過ぎる。

 そう言えばハルカも一度、マシロのマンションに泊まったことがあると言っていた。マシロのゴースト・ライタを始めたばかりの頃に、原稿をチェックしてもらったらしい。その時、ハルカはマシロにキスされたみたいだ。キスだけだったと言う。その時のことの細かいシチュエーションをハルカは絶対に話さない。ハルカも大概、秘密が多い。それはハルカの魅力的な部分でもあるし、アイナを多いに苦悩させる部分でもある。アイナはメールを勝手にチェックするタイプの女の子だ。ニシキもどちらかと言うとそちら側、ミヤビはどちらかというとチェックされる側で、いろんな部分はハルカに近いと思っている。

 三人の自宅は錦景市駅の北側にある。途中まで道は一緒だ。三人は自転車を並んで走らせている。街で一番大きな交差点に差し掛かる。

 赤信号。

 三人はブレーキを掛けて停まる。

 地面に片足を付いた。

 ミヤビは少し寒いと思って腕を抱いた。

「寒いね、」ニシキが明るい声を出して言った。「ああ、もっと早く切り上げればよかった、そう言えば明日、一限からテストがあるんだった、何もしてないよぉ、どうしよ」

 ニシキが明るい声を出しているのは怖いからだ。彼女は暗闇が苦手だ。だからミヤビは少し遠回りだけど、いつも彼女を家まで送り届けなくちゃいけない。彼女の家は豪邸だ。桜吹雪屋藍染とは、現錦景市市長だ。

 三人の前をタクシが通過する。

 それから大きめのスクータが一台横切った。

 ここの信号は長い。

「なんのテスト?」アイナが聞く。

 少しタイムラグがあったせいだろう、「え?」とニシキは反応した。「テスト?」

「……眠いね」アイナは眼を擦り言う。

「うん、」ミヤビは頷き小さく欠伸をした。「ふぁあ」

 そしてふと、見上げていた。

 夜空。

 その下。

 交差点の上の歩道橋。

 緩やかなカーブを描き、向こう側まで続いている。

 その歩道橋の、ちょうど真ん中に人影が見えた。

 手が欄干に掛かり、身を乗り出すようにしている。

 しかし首がない。

「嫌なもの見た」咄嗟に声が出た。

「あ、」アイナも見つけたみたい。「幽霊」

「え!?」ニシキは素っ頓狂な声を上げてミヤビに抱き付き、アイナが視線を注いでいる方を見上げた。「幽霊!?」

 ニシキの自転車が倒れて音を立てる。

「先輩見ちゃ駄目、」ミヤビはニシキの目元を後ろから手で隠した。「結構、衝撃的、かもです」

「うん、」アイナは頷き、冷静に言う。「キンちゃん、きっとおしっこ漏らしちゃう」

「キンちゃんって言うなっ、」ニシキは声を荒げる。「それにおしっこなんて漏らしませんからっ!」

「でも最近多いね、幽霊、」アイナはニシキの声をスルーして言う。「本当にここ最近、毎日見てるような気がする、いくら私たちが魔女だからって言っても、見えすぎだと思うんだよなぁ」

 魔女は普通の人に比べ、幽霊が見えやすい。視認できる幽霊というのは、彷徨える魂にエネルギアが絡み、色が付いたものだ。魔女の瞳は、その色に反応して、魔女は幽霊を見る。

 青信号が黄色に変化する。

 そのタイミングだった。

「あ」

 首のない幽霊が歩道橋の上から落ちた。

 ちょうど歩道橋の下を走っていたトラックの前に落ちる。

 トラックはハンドルを右に切る。

 横転。

 アスファルトの上を滑った。

 擦れてオレンジ色の火花が散る。

 耳をつんざく音が響いた。

 交差点のちょうど真ん中でトラックは止まった。

 それは一瞬の出来事で、ミヤビとアイナは呆然としてしまった。

「え、ちょ、何があったの?」ニシキはミヤビの手を顔からどけて横転したトラックを見て声を上げた。「おおうっ!」

 空を向いた運転席の扉からはすぐにトラックの運転手が出て来た。頭から流血しているように見える。怪我をしているようだが、無事のようだ。すぐに胸ポケットから携帯電話を取り出し耳に当てた。

「……私たち、」アイナは自分の顔に人差し指を向けてミヤビに聞く。「目撃者?」

「私は決定的瞬間を見てないわ、」ニシキは少し残念そうに言う。「ねぇ、何があったの?」

「行きますよ、」ミヤビは自転車を漕ぎ出していた。「この時間に女子高生がこんなところにいるのはおかしいですよね?」



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