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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑦

 マシロの家が閉館する夜の十時までに、ミヤビはなんとか、自分は水野レナを泣かせることなんてしていない、彼女と会話するのも初めてだったし、まして手を出すなんて蛮行は働いていない、という主張にニシキを頷かせることは出来た。しかし頷かせることは出来たけれど、ニシキのヒステリックさ加減から推測するに、というか推測なんてしなくたって、彼女がミヤビのことを疑っているのは明らかだった。というか、ニシキは疑う目をしている。

「いいよ、別に、」ニシキは感情の籠もっていない声を出す。「ミャアちゃんがそう言うんなら、信じるわ、というか、信じないと、これからご飯を食べられそうにないもの」

 マシロのご飯に付き合う、というのもトワイライト・ローラーズの仕事の一つ。マシロのお腹はずっと減っているので、仕事終わりは大抵、一緒にご飯に行く。

「何食べ行く?」煙草をくゆらしながらマシロが聞く。ふくよかなマシロの指に挟まれた煙草はいつもミニチュアみたいに見える。「カレー?」

「えー、またカレーですか?」ミヤビは顔を歪ませて言いながら、マシロの家のシャッタを施錠する。

「じゃあ、何がいい?」マシロはグルメではない。あくまで食事はエネルギアの補充、というスタンスでこだわりはないから、いつもまだ高校生の魔女たちに選択を委ねる。「さっさと決めなさいな」

「私はカレーでいいけどな、」アイナは辛い物が好き。「中華もいいな」

「オムライス食べたいな」ニシキは子供っぽい食べ物が好き。

「ラーメン」ミヤビが言う。

「じゃあ、」マシロは煙を吐きながら言う。「ディクシーズだね」

 意見が割れた時は錦景第二ビルの地下二階にあるファミリーレストランのディクシーズと決まっている。全ての料理について言えるのは味が微妙で価格がリーズナブルと言うことだ。それにここなら何時間でもお喋りしていられる。だからディクシーズに来ると、いつも次の日の朝が辛いのだ。

 デザートの抹茶アイスを食べながら、空の飛び方について四人は話していた。

「例えばジブリの魔女の宅急便みたいに箒に跨がってですね、」とニシキがマシロに聞いたのだ。「私たちは空を飛べないんですか?」

「風の魔女だったら、風を操り、空を飛ぶことは出来る、でも私たちは出来ない、なぜなら」

「重いから?」アイナが言ってクスクスと笑う。

「こら、」マシロはハイボールの入ったグラスを傾ける。「そうじゃなくて」

「あははっ、」アイナはスプーンを舐める。こんな些細なことで笑っているのはきっと、もう錦景市が深夜だから。決してアイナがハイボールを飲んだわけじゃない。「重いからだ」

「私たちは紫色、雷の魔女だもの、だから飛ぼうなんて考えるのは」

「おこがましい?」ニシキが相槌を打つ。

「違うわ、雷の魔女、エレクトリック・バイオレッドが空に対して抱くべき感情とは、巨大な雷を落としてやるっていう攻撃的な感情よ、それが素直ってものよ、前から思ってたんだけど、あんたたちには、ハルカを筆頭に、素直さが足りないんだよな」

「えー、でも、」ニシキは中空をぼんやりと見ながらやんわりと声を上げる。「飛びたいですよ、イエロー・ベル・キャブズの物語みたいに」

 イエロー・ベル・キャブズの物語とは、この世界にある魔女の話を元に造られたと言われている魔女の物語のことだ。その劇中では魔女は全て、箒に跨がると飛ぶことが出来る。

「まあ、アレは、フィクションだから、」マシロはその物語の全てを知った風にそっけなく言って、煙草の煙を吐いた。そして頬杖付いてずっと黙っていたミヤビにマシロは視線を向ける。「眠い?」

「……ううん、」ミヤビは首を横に振る。眠いというか、凄く安らいでいたのだ。紫色の魔女たちといると安らげるのだ。ハルカがいればもっと安らげる。ロリコンの彼女はきっと今、中学生といちゃこらしている頃だろう。「でもさ、マシロさんは重くて飛べないかもしれないですけど、私たちなら飛べるかもしれませんよ、まだ軽いから」

「あははっ、」アイナは大きく口を開けて笑う。「うん、師匠に比べたら私たち、軽い、軽い」

 マシロは無言でギロリとミヤビを睨み、吹き出すように笑った。「じゃあ、やってみなさいよ、昭和大橋から箒に跨がって飛び降りなさい、ミヤビが飛ぶのを私、ちゃんと見ててあげるから」

「そうですね、もう少し、あと二キロくらいダイエットしたら飛べそうな気がします」

「ダイエットなんて止めなさい、」マシロは優しい口調で言う。「いいことなんてないから」

「煙草吸いたいな」ミヤビはマシロ前にある煙草の箱に手を伸ばして言う。

「煙草なんて止めなさい、」マシロはミヤビの顔に向かって煙を吐く。「いいことなんてないから」

「お酒は?」ミヤビはハイボールのグラスに触れて聞く。

「二十歳になってから」


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