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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑥

錦景市駅の南口から地下道を歩いて五分、円形広場の側に錦景ターゲットビルという円筒形の建物がある。その地下一階にあるタワーレコード、その黄色い倉庫の向かいには、マシロの家、という占いの館がある。

 マシロの家は一見してファンシィショップのような店構えで、店先のショウケースには色とりどりのパワーストーンが並んでいる。占いの館というダーティな怪しさはなく、世界のサブカルチャショップであるヴィレッジヴァンガードのようなポップな怪しさが漂っている。

 この占いの館を経営する占い師はマシロという魔女だった。本名は誰も知らなくて、年齢不詳で、多少ふくよかな魔女が、魔法を編むことはせずに普通の占いをしているのだった。確か占いの種類は、占星術とか言っていたと思う。彼女の占いはよく当たると評判だった。そして彼女が錦景市のローカル雑誌に寄稿しているコラムをまとめた本は、現在その半分はハルカが執筆しているが、よく売れていた。それもあって、行列が出来る、までとは言わないけれど、マシロの家はそれなりに繁盛していた。

 錦景市は夜の七時。

 ミヤビとニシキはマシロの家に来ていた。マシロに占ってもらおう、ということではなくて、ここがトワイライト・ローラーズの拠点、のようなものだからだ。占いはしないけれど、ミヤビとニシキはマシロの家の掃除をしたり、受付をしたり、書類の整理をしたり、簡単なアルバイトみたいなことをしていた。時給は近くにあるマクドナルドの約二倍だった。

「おはよっ、おはよっ!」

 店先で騒がしく迎えてくれたのはおしゃべりオウムだった。体長約五〇センチ、全身は白く、冠羽は黄色のオウムだった。名前はない。皆、おしゃべりオウムと呼んでいる。

 ミヤビは乱暴にオウムの頭を撫で、するとオウムは羽をバタバタとさせておそらく喜んでいる、視線をパワーストーンの並んだショウケースの向こうに座るアイナに向けた。「今日はどう?」

「まあまあだね、」アイナは頬杖付いて、口元を僅かに緩め答える。「傾向として、恋に苦悩する少女が多め? 六月だからかな」

 アイナは錦景女子高校の二年で、錦景女子では恋の占い師として有名(?)な魔女だった。マシロの家に一番長くいるのは彼女で、一番仕事をしているのもアイナだった。アイナの仕事は占いを終えた人にパワーストーンを売ることだった。「今日はピンクが人気だね」

 ニシキがフロアの奥を覗き見ながら聞く。「ハルちゃんは?」

 ハルカはここにいるときは大抵奥のソファに座り、珈琲を飲みながら、時折アメリカ製のフォーチュンクッキィを食べながら、ノートパソコンを叩いている。

けれど彼女は今日、いなかった。彼女がいないとなんとなく、物足りない。本人は自覚していないと重いけれどハルカはそういう種類の女子だ。

「今日は中学生に天体史を教えるんだって、」アイナは少し不機嫌そうに言う。アイナはハルカが可愛い少女に見境がないのを、あまりよくは思っていない。「前から思ってたんだけど、ハルちゃんってロリコンだよね、スズメちゃんだって、ベイビィ・フェイスだし」

 スズメちゃん、というのは錦景商業の女子で、ここから近い、錦景第二ビルにあるメイド喫茶ドラゴンベイビーズで働いている、ハルカの親友の森永スズメのことだ。ハルカとスズメは同じ中学校で、ハルカはずっとスズメのことが好きだった、ということを以前マクドナルドで聞いた。スズメはストレートだったからハルカの恋は叶わなかったわけだけれど、きちんとキスはしたらしい。さすが、少女に見境がないハルカである。

「アイナもね、」ニシキが笑顔で言う。「アイナもベイビィ・フェイスだよ」

「そう?」アイナはちょっと照れたように微笑み返す。「自分ではそうは思わないけど、ベイビィ・フェイスならキンちゃんの方じゃない?」

「キンちゃんって言うなっ、」ニシキは腕を組みアイナを睨むように見る。「いっつも言ってるでしょ、次キンちゃんって言ったら死刑だからねっ」

「あ、そんなことよりね、」アイナはニシキの睨みを軽く流して表情を変えて言う。「今、すっごい美人さんが来てるよ」

「あ、今、スルーしたなぁ、」ニシキが喚いている。そして嬉しそう。最近なんとなく分かってきたことだが、ニシキはMだ。「もぉ、スルー禁止っ」

「すっごい美人さん?」ミヤビはアイナに聞き返す。

「うん、中央の制服を着てたから、二人とも知ってるんじゃない?」

「え、ミャアちゃん以上の美人さんなんて、」ニシキはミヤビの横顔を見つめて言う。「中央にはいないと思うんだけど」

「いや、」ミヤビは首を横に振る。「いるよ」

「いる?」ニシキは首を傾げる。

「水野レナ」

 ミヤビが彼女の名前を言ったところで、予測通り、彼女が占い終え、木製のパーティションから姿を見せた。彼女はミヤビと視線が合って、一度驚く素振りを見せて立ち止まった。そして彼女は自分の足下を見て、すぐに顔を上げてミヤビに向かって小さく手を振った。

「え?」と思ってニシキの顔を見る。手を振られるほどの交友関係はレナとはない。というか、学年が違うし一度も会話をしたことなんてなかった。だからニシキに手を振っているのかな、と思ったのだ。でもニシキも首を傾げていた。再びレナに視線を戻すと、彼女は目の前に立っていた。

「わっ」とミヤビは半歩後退した。自分の体がどうしてそんな反応をしたのか、ミヤビは謎だった。

「ああ、嫌だ、恥ずかしいなぁ、」彼女の顔色はピンク色だった。ミヤビは彼女のことを初めて近くで見て、すっごい美人だと思った。声もなんだか、脳髄に響く、というか、とにかく甘い声で、なんだろう、無性に切なくなる声だった。彼女はそのとろんとした声で「恥ずかしい」と何度も言いながら乱れのない切り揃えられた前髪を整えている。最終的に彼女は頬を両手で包み、その場で細かく足踏みをして、なぜか悶えている。「ああ、恥ずかしいよぉ、まさか、見られちゃうなんてぇ、ああ、やっぱり明日にすればよかったかなぁ」

「明日は木曜日、マシロの家は定休日なのですよ」アイナはさりげなく言う。

「あ、あの、」急にレナはミヤビの手をぎゅっと握り締め言った。なぜか彼女の瞳は涙で濡れている。「御崎さんに、藍染先輩、あの、あの、どうか、どうか、私がここに占いしに来たことは内緒にしていただけませんか?」

「は、はい、えっと、」何がなんだかよく分からないけれど、涙目で訴えられてしまったのでミヤビは頷いた。「内緒、ですね、分かりました」

「う、うん、」ニシキも何がなんだかよく分からないけれど、頷いていた。「内緒にするから、誰にも言わないから、その、泣くのはよそうよ」

「は、はい、ごめんなさい、ごめんなさい、」レナは大きく呼吸をしながら目元を拭った。レナには悪いけれど、その仕草はとっても美しかった。「すいません、取り乱してしまって、本当に、ごめんなさい」

 レナはミヤビから手を離し、そして手を前に組み頭を下げた。そして鞄からヴィトンの財布を取り出し、アイナに向かって聞く。「おいくらですか?」

 アイナは会計を済ませてから、そしてレナに営業を始めた。「パワーストーンなど、いかがです?」

 ミヤビはしっかり仕事をするアイナを見ると、いつも感心する。

「パワーストーン、ですか?」

「はい、錦景山のパワーが詰まった天然鉱石に、さらに我らがマシロが三日三晩掛けてパワーを注入しました、これを首から下げているだけで運気倍増、間違いなーしっ!」

 胡散臭さ満点の文句だが、レナはまんざらでもなさそうにショウケースの中のパワーストーンをじっと眺め、そして深刻な表情でアイナに訊ねる。「恋のパワーストーンは、どの色ですか?」

 そしてレナはピンクのパワーストーンを購入した。アイナにまんまと騙されたわけだが、マシロの家で働く身としては彼女には何も言えない。ましてレナはパワーストーンを首から下げて心なしか嬉しそうだったから、そのパワーストーンがここ以外でも、例えばヴィレッジヴァンガードや錦景ロフトで簡単に買えること、つまりマレーシアの工場で大量生産されているものだとは口を裂けても言えなかった。

 でも、どうしてレナはマシロの家に占いしになんて来たんだろう?

 丈旗と上手くいっていないのかな。

「絶対に内緒ですからね、」去り際、念を押すようにレナは言った。唇の前に指を立てる彼女の仕草はとてもチャーミングだった。そのチャーミングさにミヤビの心はちょっとだけ揺れていた。もちろん、それは表情には出さないけれど。「それじゃあ、また」

 顔の横で小さく手を振り、レナはミヤビたちに背中を向けた。ミヤビとニシキも軽く、手を振り返した。

 しかし突然。

 レナは三歩進んだ先で、クルリと振り返った。

 そしてミヤビに人差し指を向け、先ほどのチャーミングな表情とは似ても似付かない険しい顔をして言い放った。

「御崎さん、いや、御崎ミヤビ、私はあなたに、絶対に負けないんだからぁ!」

「……え?」

 固まってしまうとは、まさにこのことかと思った。

 負けない?

 なんだそれ?

 なんで呼び捨て?

 っていうか、そう言えば、どうして名前を知っているの?

 そしてレナは脱兎のごとくその場から消えた。

「ミャアちゃん、」隣に立つニシキが上目で睨むように聞いてくる。「彼女に何したの?」

「何にもしてない、」ミヤビは精一杯首を横に振った。「私、何にもしてないですよぉ!」

「何もしてなかったら、彼女あんなこと言わないでしょう、まさか、ミャアちゃん、あの娘に手を出してたんじゃないの!?」

「な、なんでそうなるんですか!?」

「店の前で騒いでるんじゃないのっ!」

 奥からマシロの怒鳴り声が聞こえて、ミヤビは口を真一文字に閉じた。



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