OPSE:恋のアナセテーク
夏休みの終わりに俺は、自宅の庭で好きな人と二人きりで花火をしている。最初は妹も一緒だったけれど、今は二人きり。
花火だけだったら高校生になった俺にはとても楽しい時間とは思えないけれど、彼女と二人きりの花火は最高に楽しい時間だった。
彼女は浴衣姿だった。
白地に紫色の花びらが舞う、雅やかな浴衣だった。その浴衣は彼女にとてもよく似合っていた。ほとんど制服姿しか見たことのない俺には衝撃的だった。彼女はとても綺麗だった。
花火をやろう、って言ってきたのは彼女からだった。夏休みの最後の今日、彼女から久しぶりの電話が掛かってきたのだ。「明日から新学期だし、仲直りしよう」
「仲直り?」
「うん、仲直りに花火をしよう」
「ありがとう」
俺はスマートフォンを片手に部屋で泣いた。彼女とずっと仲直りしたかったし、彼女と複雑な状況になったのは全部俺のせいだったから、嬉しくて涙が出たのだ。
そして期待も膨らんだ。
彼女と付き合えるかもしれないって期待してしまうのだ。
俺が酷いことをしたから、二人は言葉も交わせない関係になってしまった。
許してもらえただけでも幸運なのに俺は。
それ以上を求めているんだ。
好きなんだ。
彼女のことが。
好きでしょうがないんだ。
だから期待は勝手に膨らんでいく。
そしてその期待は。
錦景市の夜の七時にあっけなく潰える。
「友達になって下さい」
限りなくいい雰囲気。
線香花火の二つのオレンジ色の光が暗闇でゆらゆらと揺れていた。
彼女は頬を染めていた。
恥ずかしさを押し殺して、彼女は告白したんだ。「友達になってよ」
「それって、」俺は動揺を必死に隠して言う。「わざわざ告白すること?」
「違うと思う、」彼女は口元を緩めて言う。「でも、必要だと思ったから」
「……俺たちが恋人同士になる可能性は?」
「ゼロ、」彼女は言って笑う。「だって、私は女の子のことが好きなんだぜ」
その告白は二度目。だからショックは少ないけれどでも、やっぱり彼女の口から聞くとショックだ。「……それってさ、青春の光に滲んで、本当のことが見えなくなっているだけかもしれない、いや、きっとそうだ」
「何の話してんだよ、」彼女は笑う。彼女の笑顔は、本当に綺麗だ。線香花火の弱い光の演出で、笑顔はさらに冴えている。その冴えた笑顔で彼女は俺の視界を滲ませて、俺の胸に優しくストレートを叩き込んだ。「私の青春を否定するなよな」
「……なんか、変わったな、」自然と俺の口からこぼれていた。「男前だ、とっても男前だ」
「そう?」彼女はなんだか、嬉しそうな表情を見せる。素敵な表情だが、そこは恥ずかしがって欲しいと俺は思った。俺は女らしい彼女の方が、男らしい彼女よりも数パーセントの違いで好きだからだ。「……まあ、夏休み、色んなことがあったから」
その色んなことを俺は知らない。
知らないということがとても、寂しくて切ないと思った。
「髪も短くなった」彼女の黒髪は長かったのに、今は肩に掛かるくらいまでしかない。
「今年の夏は暑かったし、」彼女は短くなった自分の髪を触り、線香花火の光を大切そうに見ている。「うん、本当に、暑かったな」
俺の線香花火の光が先に落ちる。
二秒後、彼女の線香花火の光が落ちた。
「じゃあ、私、帰るね」
彼女は立ち上がり、俺に背を向ける。「私、私の女の子たちとこれから約束があるから」
俺は彼女の背中に向かって言う。「可能性はゼロなのか?」
「うん、ゼロ、」彼女は立ち止まり答える。「君は私の、友達だ、親友にランクを上げてやってもいい、だから喜んで」
「それは、」俺は泣いていた。彼女の前のくせに、泣いていたんだ。声は震えていた。「嬉しくねぇよ」
「泣くなよ」俺に背中を向けたまま彼女は言う。
「失恋だ、」俺は夜空を見上げる。星の光は涙で滲んで余計に煌めいている。「失恋してるんだ、泣くだろ、普通は」
「泣くなよ、」彼女は振り向き腰に手を当て言う。「男だろ」
「男涙だよ、バカ野郎、諦められないんだよ、お前のこと」
「諦めて」
「嫌だ」
「諦めろ」
「嫌だ」
「全く、」彼女は盛大に舌打ちして腕を組む。「諦めさせてやるから、ちょっと見てろ」
「え?」
彼女はコンバースのハイカットを脱いで縁側からリビングに上がった。彼女は浴衣にコンバースのハイカットだった。俺は浴衣にコンバースのハイカットの彼女が、とても愛しい。
リビングのソファでは妹が口を半開きにして、へそを出し、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
テレビがつけっぱなしだった。今夜のミュージック・ギャラクシィは確か二時間半のスペシャルだった。
画面では国民的人気アイドルのユナイテッド・メディセンズが歌い踊っている。
彼女はリビングの隅で首を振っていた扇風機のコンセントを抜いた。そしてプラグを握りしめて悪戯な顔を見せて言った。
「私、魔女なんだ」
「は?」急にそんなことを言う彼女に、俺は困惑した。「なんだって?」
「私は、雷の魔女、魔女だから、魔女は女を愛する生き物だから、世界の掟に従って、私も女の子が好き、そういう真実があるんだよ」
言い終えて。
そして。
彼女の髪は紫色に煌めいた。
同時に扇風機が回転を始める。
首を振って。
俺に風をぶつける。
涼しい。
コンセントは紫色に煌めいている彼女の手の中。
「なんだ、それ?」俺は声を上げた。
「だから言ってるでしょ、私は発電機だって」
彼女は発電機。
なんだ、それは?
発電機。
発電機。
発電機……って。
そんな滅茶苦茶なプロフィールがあっていいのか?
ほら、テレビ画面でユナイテッド・メディセンズも歌っているじゃないか。
滅茶苦茶よ、
あなた、
ドラマチックな恋はキネマだけでいいのよ、
薬を投与してあげる、
じっとしていられるように、
冗談なんて言わせない、
黙っているあなたが好きなんだもん。
「冗談じゃないよ」と彼女は黙ってはいてくれない。
しばらく彼女は扇風機を回し続け、俺の髪を滅茶苦茶にしていた。
その間ずっと彼女は笑顔だった。
そんな彼女の笑顔が堪らなく好きだから俺は……。