勇者と魔王
妹が勇者になった。
「具体的には、どういう活動をするんだ?」
ふんぞり返って偉そうに報告してきた妹に向けて俺は聞いた。
「白い服でカレーうどんを食べます!」
「勇者だな!」
「抜いた方がいいって言われた、親知らずも、抜きます!」
「勇者だ」
「あと、マンションの裏にいつも猫の置き餌しているおばあちゃんに、きちんと飼う覚悟もないのにそういうことしちゃダメって言います!」
「それは……とても勇者だが……」
この辺りからいろいろ怪しくなってきた。
「それとね、それとね……。学校でいじめられているお友だちを、助けます!」
「それは……」
確かに勇者の行いではある。が、兄としては積極的に応援はしづらい。
「それは……もうちょっと、後回しにした方がいいんじゃないか?」
「なんで? 時間がたったら、どんどんひどいことになるんだよ!」
「うん、知ってる」
だが兄としては、妹の身とメンタルの方が心配なのだ。
「でも私、勇者の宣託を、受けちゃったから……」
そう言って、右手の甲に浮かんだ勇者の紋章を示す。宣託を受けた人間は、勇者に相応しい思考と言動を身に宿してしまうのだ。
「私、がんばるから!」
力強く宣言して拳を握った妹のメンタルは、一週間でボロボロになった。
置き餌をするおばあちゃんは指摘されたその場では殊勝に謝るけど絶対置き餌をやめないし、未だにお札を舐めて財布から取り出す人を注意すると、罵声が返ってくるばかりか、周囲の人間からも余計なことをふうな白い目で見られる。
他にも様々な勇者的行動を取っても、返ってくるのはネガティブな反応ばかり。
それはそうだ。他人が嫌がる、でも本当は誰もがしなくちゃいけないことを率先してやるのが勇者というものだから。
「本当は、勇者なんてものが存在しなくてもいい世の中になればいいんだけどな」
でも、世の中そうよくはならないから、勇者の宣託は下され、世界中のうちの誰かが勇者に選ばれる。
そして勇者は皆のしなくちゃならないをまとめて抱えて、大量のストレスに晒される。
それが身近な出来事なら、なおさらだ。
妹が靴をなくして帰ってきた。どうやらいじめの対象が拡大されたようだ。
我慢の限界に達した俺は、行動を開始した。
妹からいじめられている生徒の名前を聞き出し、連絡先を緊急時名簿で調べると、密かに連絡を取った。いじめの証拠をとにかく集めることを依頼し、十分な証拠が揃ったところで弁護士に依頼して、警察へと被害届を提出してもらった。いじめグループは一掃され、妹へのいじめもやんだ。
置き餌をしているところへ集まっていた猫たちを一斉捕獲し、袋に詰めて、保健所に連絡した。置き餌は続いていたが、俺はそこにやってくる新たな猫を捕まえては、容赦なく保健所送りにした。
置き餌はなくなり、おばあちゃんは引っ越した。
その他にもあらゆる手段を使って、妹を勇者として動かねばならない機会から遠ざけた。お札を舐めるのを辞められない狂人を出入り禁止にするのは、地域一帯でやるならと内心迷惑していたほとんどの店舗が快く協力してくれたし、その他の似たような事態も地域全域で協力することで、妹の周囲はとてつもなくクリーンな環境になった。
これぞまさに、勇者の意向というヤツである。
ところで、近ごろこの地域には、魔王と呼ばれる、あらゆる手を使って己の思うところを成そうとする悪逆な人間が棲みついたらしい。こいつをいかに妹に近づけぬようにするべきか。あらゆる手を使ってそれを成さねばならぬと、俺は今、考えている……。
(完)




