洗剤能力
吹きかけるだけで汚れが落ちるという洗剤が流行っている。
近ごろCMではこればかりである。が、実際に使ってみたことがある諸兄は、アレは大嘘であるとご存知のことであろう。
いや、確かに汚れが落ちないわけではない。落ちないわけではないのだ。だがその落ち方は、我らユーザーが想像しているものとは少々違う。確かに汚れは落ちるが、それは大まかな汚れが落ちるというもので、吹き付けた後を水で流すだけでお掃除が完了するような落ち方はしてくれない。よくよく見ればそこに汚れはまだ残っており、仕方なくいつもと同じようにスポンジでごしごしと擦る羽目になる。彼らの思っている「汚れが落ちる」と、我々が思っている「汚れが落ちる」の間には、越えられないマット仕様壁紙の貼られた壁がある。メラミンスポンジを讃えよ。
違うのだ。我々はCMのごとく、吹きかけて流すだけでピッカピカのツッルツルにしてお掃除を終了させたいのだ。日々の掃除に、どこまでも怠惰に手を抜きたいのだ。大掃除の際に換気扇などを薬液に漬けて置くだけで終わりにしてしまえるのは、地球人が火星に行くのに等しいレベルの夢なのだ。アイハヴアドリーム。
だが結局は、がんばれよ、もっと手厚くなれよ、と洗剤を叱咤激励しつつも、スポンジを擦り付けることになる。
そうしてままならぬ現実を過ごしていたのだが、あるとき何だかおかしなことに気付いた。
今まであれだけあったはずの、吹きかけるだけで汚れが落ちます系のCMを見なくなった。そういえば最近少なくなったなあ、とは思っていたのだが、いつの間にやら姿を消している。
それだけではなく、健康食品やテレビショッピング、携帯会社に株式投資や保険のCMも姿を消しているのに気が付いた。なんだかやたらと公共広告の割合が増えているのだ。にもかかわらず、嘘、大げさ、いかがわしいで有名なあの公共CMは目にしない。
どうしてだろうと考えて、ようやくわかった。今流れているCMはどれも、昔ながらの石鹸やら味噌やらのCMと、製造業に類する企業のCMばかりで、そこには大げさなものも、いかがわしいものも混ざっていない。
公共広告なんとやらがようやく重い腰を上げて仕事をしてくれたんだろうか。
私は今日の掃除をはじめる。いつもどおり洗剤を吹きかけ、五分ほど待って拭き取る。汚れは取れているが、完全に取れているわけではない。仕方ないのでスポンジに洗剤をつけ、ごしごしやりはじめる。
今までならここで「誇大広告!」とか怒りに任せて罵っていたのだが、近ごろは、そんな怒りを抱かなくなった。歳を取ったためか、以前よりやさしい人間になってきたのかもしれない。そういえば、嘘をついたり、汚いことをしようとも最近は思わなくなってきたなあ。
スポンジを擦る。スポンジを通して、ほんのちょっとだけ、洗剤が私の肌に染みる。
つけっぱなしのテレビから、老舗洗剤会社のCMが流れてきた。
「今年の汚れ、今年のうちに!」
(完)




