はらたたきかた改革
「我々ははらたたきすぎだと思う」
社長の言葉に頷きを返したのは、主に若い狸たちだった。
狸たちが住処としている山の社中では、腹鼓が様々な用途で使われている。刻限を告げるための合図はもちろん、定期連絡や、外敵を発見した時の報せ、他の山や社に隠れ住んでいる仲間たちへの伝達など、重要な仕事の多くが腹鼓によって運用されている。これは狸社会における確立されたシステムであり、慣習でもあり、伝統でもある。
今日は情報化社会である。やり取りされる情報は日々増大し、速度が求められるようになっている。必然、腹鼓の重要度も増し、腹鼓が相互に送られる回数は、十年前に比べて飛躍的に増大していた。
加えて、狸の頭数減少の問題である。十分に発達した腹肉を持つ狸の数が大幅に減少したことにより、一頭に求められる腹鼓の通信量が増大したのだ。その結果、若い狸たちは一日延べつなく腹をたたき続けねばならず、常に腹元を赤く腫らしながら精勤することを求められていた。
この事態を重く見て、社長はついに、先の宣言をするに至ったのだが。
「今の若いもんは、叩き方が下手なんだ。だから、あんなに赤く腫らしたりする」
「俺たちだって若いころは、腹から血を流しながら仕事していたもんだ」
「むしろ、腫れるのは成長途中だからに過ぎない。それを繰り返すことで、厚く、丈夫な腹の皮が養われるんだ」
年寄狸たちが、不機嫌そうな顔で不満を口にする。彼らの多くは群れの中で強い発言権を持っており、今では腹鼓の仕事をすべて若い狸たちに押し付けている。その証拠に、彼らの腹の皮は皆揃ってぶよぶよだった。
「君たちがはらたたいていた頃と今とでは、状況が違うのだ。実際、はらたたきすぎで倒れるものも多く出ている。改善せねばならん」
これは某平成狸合戦を伏字にする場合にどこを伏せるのかと同じくらい重要な命題だと。社長はそう考えていたが、幹部たちは一向に賛成してくれない。
「甘やかし過ぎではないですか?」
「それに、改善するといってもどうすればいいのか」
社長は腕を組んで告げる。
「……はらたたける狸の数を増やすしかない。引退した君らにも、もう一度はらたたいてもらう」
「なっ!」
老狸たちが弛んだ腹を揺らしながら立ち上がる。今その腹で鼓を打てばどうなるのか。ほんの二十も叩けば、破れてしまうに違いない。
「そんなの、無理に決まっている」
「我々はこれまでに十分はらたたいてきた。なのにまだ、はらたたかせようというのか」
集会場は騒然となる。野次と怒号が飛び交い、もはや冷静に話し合える状況ではない。社長は頭を抱えた。
「あの」
その中、一頭の若い狸が前脚を上げた。若手の中でも、期待をかけている一頭だ。
「……何かね」
「その、ITを導入するのは、いかがでしょうか」
若手が立ち上がる。その前脚には、何かを抱えている。
「IT?」
「はい。すべてを腹鼓で処理しようと思うから、そこに業務が集中するのです。でしたら、腹鼓の使用は緊急性の高い連絡に限り、定期連絡などの落ち着いた状況で使用する場合には、代替案を用いればよいのではないでしょうか」
例えばこれをご覧ください、と若手は持っていた荷物を広げた。
「……それは?」
「こちらは火打石。こちらは茶釜です。どちらも大昔より我々狸に縁の深いものです」
「それは知っている。で、そんなものを持ち出して、どうするのだ」
「この石で茶釜を叩けば」
言いつつ細長い火打石で空の茶釜を打てば、かん、と甲高い音が社中にこだまする。さらに、若手が叩く場所や強さを変えると、様々に音色が変わった。
「これを腹鼓の代わりに用いれば、腹鼓の使用頻度を減らせます。石と茶釜。つまりIT革命です」
「IT革命」
完全に理解できたわけではなかったが、なるほどこれで若い者たちの負担が減らせるかもしれない。他にいい案もない。失敗したらそのときはそのときだ。社長は即座にゴーサインを出した。
それからいったいどうなったのか。
山の誰もいないはずのお社では、今でも時々鐘のような音が鳴り響いておるそうじゃ。
(完)




