マイゴーホーム
故郷は帰ってくるたびにかたちを変える。
一年ぶりに実家へ帰ってきた俺は、十字路の真ん中で立ち尽くしていた。
駅のホームを出たときから、おかしいとは思っていた。街並みに見覚えがなかったのだ。
近年再開発が盛んで、至るところで工事が行われているとは聞いていた。だが、まさかここまでとは。
ランドマークがない。道順の見当をつけるために目印にしていた建物が軒並みなくなり、新たなチェーン店舗や、高いビルやらマンションやらに入れ替わっている。
それでも俺はまだ甘く見ていた。建物は変わっても道そのものは変わっていないのだから、例年通りの道順をなぞって帰れば実家にたどり着くだろうと楽観していたのだ。
そして俺は大きなスーツケースを転がしつつも、内心結構焦っている。気持ちを表すならこうだ。
「おーまいごー」
馬鹿なことを言っている場合ではない。少々恥ずかしくはあるが、こうなればもはや文明の利器に頼るしかない。
「OKグルグル。実家までの道を教えて」
「ルートを表示します」
示された経路図を見ると、おかしい。駅へと戻る道順になっている。
「逆に来てしまったのか?」
いやそれはない。改札の出る方面を間違えるほど俺はドジっ子動物ではない。幸いにして、駅構内はさほど様変わりしていなかったのだ。
「役に立たないな……」
責任を一部転嫁しつつ、俺は先へ進もうと決める。こうなればおおよその方角と勘だけで、何とかたどり着かねばなるまい。なに、勘とてそう捨てたものでもないはずだ。
と、おおまかな見当だけをつけて、こちらと思う道へと進んでゆく。客観的に見れば完全に迷子になる典型的なパターンなのだが、その場に置かれた当の本人は、そのことになかなか気付けないものなのだ。そうなのだ。
こちらであっているに違いないと思った道を、俺はどんどんと進んでゆく。途中でやたらとでかいカラスやネコにでくわしてびっくりしたりなどしたが、それ以外にはトラブルもなく、スーツケースの音高らかに、俺はずんずん進んでゆく。
残念なのは一向に、見知った街並みへ出てこないことだ。
人家がまばらになり、木々が増え、何やら昔懐かしいと刷り込みされているような景色になってはいるから、目的の方には近づいているはずだ。そう確信して俺はあるいた。また大きなネコかイヌかよくわからん動物に出会った。ちょっと怖かったのでできるだけ離れて通り過ぎた。空ではヘリコプターほどもありそうに見える鳥影が横切って行った。
町が開けた。目の前は海だった。
「そこがあなたの故郷です」
どこからともなくそんな声が聞こえた気がした。なるほど、駅へ戻れという指示は正しかったのだ。
俺はスーツケースから手を放した。コートを脱いで、その上に置いた。
浜辺をはい回るやたら甲羅ばった虫たちを踏まないように、海へと歩いてゆく。扉を開け、ただいまと言う。
打ち寄せる波音が、お帰りと言ってくれたように聞こえた。
(完)




