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羽化

 今年もこたつむりの羽化がはじまった。

 家々のドアを押し開けて、色とりどりのこたつむりが這い出して来る。動きはどれも緩やかだけど、それでもそろそろずるずる確実に、外へ外へと這い出てくる。

 時折中に、まだ人を潜り込ませたままのものがいる。中の人は別れがたいのか、外皮を引っ張っては、何とかしがみついている。

「そろそろ動き出す時期ではないのですか」

 必死で爪を立てている一人に声をかける。こたつを捨てよ、町へ出ようとは誰の言葉だったか。

「無理だ。こたつ無理だ」

 ある男がこたつむりの中に潜り込む。

「この中は居心地がいいんだ。だから俺は、ずっとここにいたいんだ」

「でも、環境は変わるものです。こたつむりは春には羽化する。そうなっているのです」

「いやだ。そんなの俺は、認めない」

 逆側に目を向けると、そこでは女性がやはり、外皮を抱きしめている。

「あたしにはこれしかないの。これがなくなったら、いったいどうすればいいのよ!」

「自分のあずかり知らぬところで失われるのは、とても悲しいことですね。ですが、現実に沿わねば、手遅れになることもあります」

 長年この季節のこたつむりを見ていて、気付いてことがある。こたつむりの羽化が、早くなっているのだ。進む速度も、ほんの少しずつだが早まっている。

 人々が、吐き出されはじめる。こたつの動きがあわただしくなる。

 こたつ布団が宙に舞い、白い中綿が降り注ぐ。いくつもの天板が空高くに打ち上がり、群れをつくって列を成す。

 多くの届かない手が伸ばされる。泣き声と罵声と悲鳴の中で、僕は去りゆくこたつたちを見送る。今年の冬また、戻ってくるのだ。

 僕もちょっとだけ足を速めて、歩き出す。うずくまる人たちを追い抜いてゆく。こたつむりはきっと、いつもよりちょっぴり早く戻ってくるだろう。うかうかしてたら、取り残される。

 足を速める。風を切り裂く。速くなったぶんだけ、転んだときには大けがをする。

 うかつにならないように。うっかりしないように。進める道は、狭まってゆく。

 春はもう、そこに近づいている。


(完)


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