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シャイン食堂

「この社員食堂を、甦らせたい」

 赤坂食堂長がそのような宣言をしたとき、その場にいた全員が、少なからず驚いた。

 食堂長はこの食堂に配属されてから二十五年。変える事なかれ、揉める事なかれ、逆らう事なかれ。そんな事なかれ主義でやって来た人間だ。その人間からそんな言葉が飛び出すなんて、夢にも思わないことだった。

「いったいどうしたんですか、食堂長。何か悪いモノでも食べたんですか? 青木のつくった賄いとか」

 青木というのはこの前配属されたばかりの新人だ。手際が恐ろしく悪く、半分オートメーション化された社員食堂のメニューですらとてつもなくまずくつくりあげるという一種の才能を持った女だ。顔とプロポーションは悪くないのだが、この料理の腕前を見たあとでは付き合おうという気は失せる。そんなにこっちを睨む前にもっと腕を磨いて欲しいとつくづく思う。

「いやなに、ことわざでも言うじゃないか。立つ鳥あとを濁さずとね」

 そう言って食堂長は遠い目をした。

「私も間もなく定年だ。ここにいられる時間も短い。だからその間に、私のできることをやっておきたいんだ」

 何だか格好いいことを言っているが、今日までの食堂長の働きぶりをよーく見ている俺たちには大した感銘を与えなかった。

「で、結局のところ何をしたいんですか」

 俺がそう質問すると、我が意を得たり、とばかりに食堂長は笑った。汚い笑い顔だった。

「ここに配属されてからまだ数年にしかならない君たちは知らないだろうが……その昔、この社員食堂は、昼食時には毎日が満席だったのだよ」

「えー。ほんとですかぁ?」

 明らかに嘘だろう、という口調で青木が声を挙げる。

 俺は食堂内を見渡した。時間はちょうど正午を五分ほど回ったところである。が、食堂内には俺たちスタッフと同じくらいの人数しか、客がいなかった。雨の日にはもう少し客数は増えるのだが、それでも満席にはほど遠い惨状である。

「信じられないのは当然だ。だが、これは本当のことだ」

 そう言って食堂長は胸を張った。あんたの功績でもないだろうに。

「私は辞めるまでの間に、何とかこの社員食堂を昔のように盛り立てたいのだ。そこで、この社員食堂の大改革を敢行することをここに宣言する!」

 食堂長一人がにこにこと笑い、俺たちは頭を抱えていた。

 ……とりあえず聞くだけは聞いてみることにしよう。俺は口を開いた。

「で、具体的にはどうするんですか?」

「うむ。そうだな。まずは値段を下げることから……」

「我が食堂の値段は周囲の店と比べても格段に安いですよ。何せ社員食堂ですから。それだけが取り柄です」

「そ、そうか。……ならば、味だ! 味をよくしよう! 最高級の食材を採り入れてだな……」

「今でも予算ギリギリで回してるんです。無理ですよ」

「な、ならばメニューの改善を……」

「何をはじめるんですか? フランス料理ですか? パスタですか? うちは社員食堂ですよ?」

「…………」

 全員でため息をついた。だいたい、可能な範囲でのやれることは今までにほとんどやり尽くした感がある。残るは奇抜すぎて失敗するのが目に見えているアイデアか、先立つものを必要とする改善案ばかりだ。

「やっぱりダメか……」

 食堂長が肩を落として、寂しそうに呟いた。何を今更、と思わなくもないが、その姿にはさすがに哀愁を誘うものがある。

「ミナ、ナニシテルカ?」

 厨房で作業をしていた黄さんがやってきた。黄さんは中国から出稼ぎに来ている方で、わざわざ日本で働いているだけのことはあって料理はとても上手だ。だが日本語が少し不自由で、あまり他の人とは喋りたがらない。

「おお、黄さんか! いいところに来た!」

 食堂長は諸手をあげて近づいていった。

「そうだ! 中国人の黄さんなら、我々とはまた違った発想が生まれるかもしれない! 何かないかね?」

「イタイ、ナノハナシシテルカ?」

「この食堂を甦らせるのだよ! そう! その昔、この食堂が皆にとってなくてはならなかった時代のような、輝かしい食堂にしたいのだよ! 黄さん! 何か案はないかね!」

 黄さんは奥から大量の蛍光灯を担いできた。


(完)

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