穴
シャツの肘に穴が開いた。
長年愛用していた一着だったので、そろそろ寿命だろうとは思っていた。仕方がない、これはもう捨てるかと考えつつ、今日のところは繕って対処しておくことにする。
針と糸を準備して、気がついた。この擦り切れて開いた穴を繕うためには、新たに六つ八つと穴を開ける必要がある。糸を通すだけの小さな穴だが、穴は穴だ。
一つの穴を塞ぐために、新たにいくつもの穴を開けるのか。
リスクの分散ですよ、と肘の穴が喋る。ぱくぱくと勝手に動いている。
「大きな一つを閉じて、小さないくつかに分散させるのです。そうすることで、遠目には、何もなかったように見える。ほら、実際には、どう見えるかの方が大事でしょう?」
一理はありそうだが、気付いてしまった今の俺には、新たに穴を開けることは躊躇われる。
「何を今さら。今までも、さんざんやってきたことでしょう。それに、どんなものだって拡大すれば、大抵穴ぼこだらけなんですよ。あなただってそうです」
黙れ、と苛立った声で答えて針を通しはじめる。ともかくこいつを、これ以上喋らせたくはない。
気付けば、俺は穴を塞いでいた。思いのほかきれいな縫い目だった。
(完)




