クラゲ
クラゲが流行っている。
春から夏へと移り変わろうという季節である。クラゲが大発生するにはまだ時期が早い頃合いだ。にもかかわらず、数多くのクラゲを身につけた女性たちが街を闊歩している。
品種改良により毒を失わせたクラゲをどこかに身につけるのが、今年のファッション最先端なのだそうだ。確かに見た眼は涼しげで、夏を迎えるのに相応しいといえるかもしれない。クラゲ素材は下着にも取り入れられていて、胸元にぷるんぷるんとした大きな膨らみを持つ女性も増えているような気がする。
頭にオワンクラゲをかぶった老女が楚々と泳ぐのとすれ違うように、カツオノエボシを肩がけにしたスーツ姿の女性が颯爽と泳いでゆく。噴水の前で若い男と語らっている少女のスカートはミズクラゲだ。
男たちにもクラゲを身につけているものがいる。ある者はかつら代わりにエチゼンクラゲをかぶっているし、またある者は腰からアンドンクラゲを下げている。
「あなたもお一つどうですか」
露店の少女が笑顔で私に、キロネックスを手渡す。
「毒は抜いてありますから」
近頃は何でも毒抜きだ。毒を抜かれたクラゲを纏って、皆がふわふわと漂っている。
キロネックスにジャケットのように腕を通す。感触は冷たく柔らかで、私の身体はゆらりと浮き上がる。確かにこれは心地よい。
私は流される。ふわりふわりと流されてゆく。
「よい夏を」
少女が手を振る。私も手を振り返す。
自慢が遠くなってゆく。少女が小さくなっていく。
流れに任せるままに、私はどこまでも漂ってゆく。
(完)




