おうさ
おうさが飛んでいる。
「駅前に新しくできた定食屋、行ってみないか」「おうさ」
「この案件、許可してもらえませんか」「おうさ」
町中からできない、時間がない、無理だ、の言葉が消えてゆき、あちこちで「おうさ」「おうさ」の声が聞こえる。大量のおうさが飛んで来て、皆がアレルギーになっているのだ。
「デザートは別腹だから、食べても平気よね」「おうさ」
「何とか! 何とか融資をお願いします! 今引き上げられたらうちの工場は……」「おうさ」
町中に蔓延していた、これまで我慢していたこと、どうにもならなかった出来事が次々と片付いていく。アレルギー症状を引き起こした誰もが、人からの願いを断ることができなくなったからだ。
「みんな停めとるんやから、俺だって停めててええやろうが! こっちは仕事でやっとるんや!」「おうさ」
「ではATMからこちらの金額を振り込んでください」「おうさ」
人々の願いが叶えられるたびに、空気は黄色みを増してゆく。遠くの景色は見えにくくなり、じゃりじゃりとしたものが鼻や口に感じられるようになる。
困ったことになったと気付くのは、再び視界が開かれてからだ。
騙された。こんなはずじゃなかった。あれは取り消す。そんな言葉が「おうさ」の答えに代わって町を満たす。人々は怒りを露わにし、争いをはじめる。
風が吹く。互いに憎しみ合う人々の上を、やや黄色みの混じった風が流れてゆく。
「争いはもうごめんだ。これくらいにしておこう」「おうさ」
「互いに手を取り合い、素晴らしい世界をつくりませんか」「おうさ」
おうさの季節が、またやって来る。
(完)




