ベッドクリフ
そのベッドは比喩的な表現でなく断崖絶壁の上に設えてあった。
俺を拒絶するかのような絶壁。その絶壁から艶めかしい四本の脚が誘うように突き出ている。頂上では大喬小喬が、漆黒の薄物一枚の姿で俺の到着を待っているはずだった。
オーケー、つまりはこういうことだ。あの柔らかなベッドに辿り着くためには、俺はこの障害を乗り越える必要がある。そしてこいつは、見るからに難関だ。お前にできるのかい? 険峻な壁面が、そう言って嘲笑ったような気がした。
舐めるなよ。俺は両掌に唾を吐きかけた。こう見えても、若い頃はクライミングで鳴らしたものだ。山よりも女性に登る回数の方が多くなった今日この頃だが、身体はまだやり方を覚えている。大喬小喬に俺のセック……愛の強さを見せつけるためにも、こいつは何としてでも乗り越えねばならない。
岩壁に指をかける。脚を固定し、小指から全身を持ち上げるように体重を移動させる。壁の起伏は激しい。足掛かりには不自由しないはずだった。女と同じだ。起伏は激しい方がいい。
身体を上へ上へと持ち上げる。全身に汗が吹き出す。運動不足の筋肉が悲鳴を上げる。だが、俺は登る手を休めない。ハーケンもザイルもない。頼るのは己の身一つ。
これは男の人生だ。俺の人生だ。男として生きるってことは、こうした険しい岩山を登り続けることなのだ。見栄と、やせ我慢と、心意気とで生きていくことなのだ。甘美な夢は、乗り越えたその先でだけ待っている。いや。大喬も、小喬だって気紛れだ。待っているとは限らない。それでも登るしかない。そういうものだ。
ざわつく音が耳を打った。下方に目をやる。お互いを鎖で繋いだ船団と、藁を積載した船団が対峙している。
あそこでも男たちの戦いが始まるのだ。そして俺には、もう戻る道はない。
俺は上方だけを見据え、登攀を再開した。俺自身の夢へと向けて。
(完)