スイカ・Fカップ
夏といえば、海である。
などと書けば、いやそんなことはないと反発される向きは多数おられようが、ここでは海である、ということにしておく。
リア充などと呼ばれるものたちにとっては、特に夏というものはイコール海である。何が嬉しくてかはわからないが、彼らはとにかく、夏になれば海へと繰り出そうとする。
海である。照りつける太陽である。波打ち寄せる砂浜である。その奥底、深海で、例えば頭足類と甲殻類が激しい戦を繰り広げていたとしても、彼らには係わり合いのないことなのである。海といえば、ビーチなのである。
そしてビーチといえば、スイカなのである。
砂浜にスイカが一つ、置かれている。そのスイカに向かって、布で目隠しを施され、太くて固い棒状のものを握らされた水着の女が、一歩ずつゆっくりと近付いてくる。水着はやたらと布地の小さいオレンジのビキニで、女が一歩を進めるたびに、砂浜に置いてあるスイカとほぼ同程度の大きさのものがたわわに揺れて、存在を誇張していた。
スイカはそのときを待っていた。スイカと女の彼我の距離は、すでに一メートルを切っている。彼女があと一歩か二歩近付いたところで、彼女はその両手に握った太くておっきいものを振り下ろし、スイカの肉体を粉砕するだろう。
だが、スイカは満足だった。このために己は生まれてきたのだ。そんな思いが、スイカにはある。
育成が不十分であったスイカは、本来廃棄される予定であった。小玉スイカではない普通のスイカとして育てられたスイカであったが、収穫期に至った彼の肉体は、小玉スイカよりもやや大きい程度の成長しかなし得ていなかった。
重量も軽い。小柄なので軽いのは当然であったが、その密度も悪かった。果肉の糖分も、通常のものより少ないであろうことが、充分に予想できた。
出荷に至らず廃棄される。そのはずだった。だが。
海の家で売られるものならば、多少質が悪くとも役には立つ。そういう販路があったことで、スイカは何とか、出荷される道をつかんだのである。
純粋な食材ではなく、遊びの道具として用いられることには、忸怩たる思いがある。だがしかし、本来ならこれは、とうに失われていた命である。
どのような形であれ、役立つことができるのであれば、本望というものだろう。スイカはそう、思うことにした。
女が一歩踏み出した。すでに間合いである。
来るか。スイカは身構えた。どうせ割られるならば、盛大に、派手に飛び散ってやる方がよい。それこそがスイカの、最初で最後の輝きになるはずだった。
スイカは覚悟を決める。そのときだ。
スイカの視界を、気になるものがよぎった。女の後方。女を囃し立てている集団の中にひとり、楽しげでない沈んだ顔をしている少女がいる。
少女の顔は、欲棒を握っている女に似ていた。おそらく姉妹だろう。だが、その身体つきはまったく違う。
女がメリハリのある、胸と尻の張り出した扇情的な肉体をしているのに比べ、少女の方は、明らかに発育に不良が見られる。肉体はどこもが平坦で、ワンピースタイプの水着を着て身体を縮こまらせているのが、余計に彼女の肉体を貧相に見せていた。
おそらく無理矢理連れてこられたのだろう。スイカはそう察した。
二人の顔はとても似ている。この二人が並べば、少女の方はどうしても女の引き立て役に成らざるを得ない。己が発育不良のスイカであっただけに、スイカには少女の気持ちが種を取るようにわかった。
ああ、そうか。彼女と俺は、同じなのだ。
そう思ったときには、表皮がもう、動いていた。
棒が振り下ろされる。その一閃を、スイカは皮一重でかわした。それから女の足の間を転がり抜け、跳び上がる。
「俺の身体を使え!」
少女へ向けて、翔けた。
少女が両腕でスイカを受け止める。その瞬間、少女の体が光った。
百二十フレームの変身シーンを経て、少女はチェリーからウォーターメロンへ変わる。野暮ったいワンピースの水着は黒と緑のストライプからなる際どいビキニに。そして、少女の胸元には。何と、先ほど受け止めたスイカと同等の、瑞々しい二つの膨らみが実っていた。
「もうあなたの思い通りにはならないわ、お姉様!」
超重量の鎖つき鉄西瓜を振り回しつつ、少女は叫ぶ。
「言うようになったわね。けれども、あなたにわたくしが越えられて?」
女が棒を構える。棒はブウンという小さな唸りを上げ、細かく振動している。いくら彗稼力で強化されたビキニでも、あれを受けては危ういだろう。
「お姉様。わたしは今日、あなたを越える!」
「やっておみせなさい」
照りつける太陽の下、ビーチで二つの影が交錯する。
真のスイカ割りが、まさに今、はじまったのだ。
(完)
スイカ・Fカップ=SF
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