這い回る蝶々
ハイマワル憲法第九条により、蝶長の飛行は禁じられている。
蝶長に就任したものは去翅され、飛べない状態で職務に当たることが義務づけられている。だから蝶長は残された六本足で、あちらをウロウロ、こちらをオロオロと動き回ることになる。
九条のおかげで蝶長同士の争いはなくなったが、地上を行くことで下々の蝶が触れあう機会も多くなり、蝶長自身ではなくその権益に興味を持つ蝶も擦り寄ってくるようになった。
飛行能力を失った蝶長に移動手段を宛ったり、花蜜や夜蝶を振る舞ったり。その態度はあからさまで、蝶民は皆眉をしかめたが、中にはそんな誘惑に負け、誘蛾灯へと導かれゆく例も少なくなかった。
各地で九条の撤廃が叫ばれるようになったのは自然の流れだった。が、叫んでいる蝶の九割は蝶長に羽があった頃を知らない世代であった。蝶議会に席を持つ蝶たちも戦争を知らない世代であり、そういった背景もあって九条撤廃の議論が声高になったのであった。
おしなべてこの世は弱肉強食。それは蝶たちにとっても同様であった。
辛かったことはすぐに忘れる。美しい姿態が土に汚れ、体液を垂れ流す死骸がアスファルトを埋める。
そんな未来が近付いている。
(完)