大風呂式
風呂に行く時の着替えを包むために布を使ったのが、風呂敷の語源だといわれている。
他にも諸説あるので正しいのかどうかはわからないが、ともかくそこに風呂敷包みがあれば、その中には何かが入っているということだ。
今、俺の前には大きな風呂敷包みがある。
「これを貴方に差し上げます」
見知らぬ女が立っていた。風呂である。自宅である。全裸である。前も隠さず、素っ裸である。だが女は俺のを一瞥したあと鼻で笑った限りで、一向に気にしていない様子だ。俺が気にするよ!
せっかくだから俺も女を注視してみることにした。全身に、身体にぴっちり張りつくドライスーツのようなものを着こんでいる。胸元は大きく盛り上がっていて俺好みだ。
「いや、風呂なんだからそこは全裸だろ」
「通報しました」
いつだって女の言うことは理不尽だ。
「で、何なんだよこれ」
前を隠しつつ俺は問い詰める。女は微笑んで、答えた。
「おめでとうございます。あなたはちょうど一兆人目の、次元超越者です」
「はあ?」
わけがわからない俺に、女は説明をはじめる。脱衣場と風呂場の間はガラス戸で仕切られている。こうした戸や扉といった仕切りは数多くあるが、人はこうして仕切りをくぐるときに、時折時間軸や位相軸がずれてしまうことがあるのだそうだ。そのずれはわずかなもので、気付くことはほとんどない。だがほんのごくたまに何か異界に紛れ込んだような気分を味わうことがあるが、それらは大抵そういったずれに巻き込まれた影響なのだ、と、女は語った。
そして、彼女らはそういった次元のずれを監視しているものたちなのだという。
「で、その一兆人目が俺だっていうのか」
「そういうことです」
それでプレゼントをくれるという、そういうことであるらしかった。
「いらないから帰ってくれというのは?」
「拒否します」
「その包みよりも君が欲しいっていうのは」
「おまわりさんこいつです」
呼びたいのはこっちの方だ。
「まあ、もらえるのならもらっておくか」
「そうしてください。このたびはおめでとうございました」
そう言うと、女は瞬く間に姿を消した。いったいどういう仕組みになっているのか。
「やれやれ。しかし、いったい何が入っているんだこれ」
俺は大風呂敷の結び目を解く。
中には貯めに貯められた一兆もの次元のずれがパンパンに詰まっていて。開かれた途端にそれは。
(完)




