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切り裂きジャッキィ

 今度こそ追いつめた、と思った。

 日の当たらない、狭い袋小路である。高い壁を背にして、ヤツは立っている。逃げ場はない。

 周囲には何もない。これも重要だった。ヤツを追い込むことを見越して綺麗に掃除しておいたのだ。

 小道具を用いたヤツのアクションには定評がある。道々に転がる棒きれや樽、店先の鍋や果物、テーブルなど、そこに何かがあればヤツはそれを利用し、飛び、跨ぎ、武器にして見事に逃げ去ってしまう。それは芸術的であるとさえ言えた。顔だけでいえばユン・ピョウの方が人気が出たろう。だがヤツは肉体で魅せたのだ。

 個人的に惹きつけられるものがあるのは否定しない。だがヤツは犯罪者なのだ。何としてでも捕らえねばならない。それに私はサモ・ハン・キンポー派だった。燃えよデブゴン。

 号令を掛ける。捕り手たちが一斉に飛びかかる。ヤツは手にした青龍刀で応戦するが、多勢に無勢だ。最早逃げる術はない。

 そう、思っていた。

 ヤツの身体が宙を舞った。人としてあり得ない跳躍力だった。隣の家の屋根へ音もなく着地した。

「ワイヤーアクションは、使わないはずじゃなかったのか!」

 私は叫んだ。心からの叫びだった。

 それだけは。それだけは、して欲しくなかった。他の誰が使おうとも。ヤツにだけは、使って欲しくなかった。

 信じていたのだ。ヤツの芸術的なまでのアクションがいつまでも見られる、と。私は勝手に、信じていたのだ。

 寄る年波には勝てなくてね。そう答えるとヤツは、高笑いを残して屋根の向こうへ消えていった。


(完)


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