流れ星
雨が降るかせめて曇りになってくれと願っていたその日の天気は、生憎の晴天だった。
どうしよう。今朝から、その言葉がずっと俺の頭の中で十六倍速回転している。
悪いのは浮気をした俺の方。それはわかっている。でもこの状況じゃ仕方がないじゃないか。そう思ってしまう俺がいるのも事実だ。
三ヶ月ほど前。同じわし座のアルシャインちゃんとコンパで出会った。解散後、意気投合した俺たちはそのまま白鳥座にあるラブホテルへ入った。
別に恋愛感情があったわけじゃない。お互いに快楽を交換し合っただけだ。関係したのも、その日一日だけ。その後はまったく連絡を取り合っていない。
それなのに。織姫がどうしてそのことを知ったのか。しかも、こんな最悪のタイミングで。
「明日、殺す」
昨日織姫から届いたメールには、それだけが記されていた。だがその一言には、彼女の怒りが十二分に込められているように感じた。
逢いに行くのをやめようかとも思った。だが、今日彼女と逢うことをやめれば、その瞬間から俺は彦星ではなくなってしまう。それに、浮気をしたのは事実だが、織姫への愛が薄れたわけではなかった。
そもそも一年に一回しか逢えないという今の状況が問題なのだ。織姫に逢えないという寂しさが、俺を浮気に走らせたのだ。逢いたいときに彼女に逢える状況があったなら、俺は浮気なんてしなかった。アルシャインちゃんの巨乳は確かに魅力的だったが、それでも浮気はしなかった。と、思う。
いい機会だ。もっと逢える時間をつくれるように織姫と話し合おう。浮気のことは悪かったと、先手を打って謝ってしまえばいい。それから、あとは有意義な語らいを交わすのだ。そうだ。そうしよう。
俺は頬を平手で叩いて気合いを入れた。恒星からの光を反射して、目映く輝く天の川。そこに今日一日だけ架けられた、絢爛豪華な瑠璃の橋へ一歩を踏み出す。
橋の向こう側に、人影が見えた。今日というこの日にあの場所にいるのは、ただ一人のはずだった。
「織姫」
俺は満面の笑顔を浮かべ、小走りで織姫のもとへ向かった。そして彼女の顔がわかるくらいまで近づいたとき、俺は己の考えの甘さを知った。
織姫が長大なナギナタを振りかざして、俺に飛びかかってきた。
「ママ、見てー」
「まあ。七夕に流れ星だなんて、何だかロマンチックね」
(完)




