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ベンチャー企業

 オフィスに入ると、ベンチが並んでいた。

 赤、青、緑、茶色、灰色。変わったものでは紫。色とりどりのベンチが、細長い室内に、壁にくっつけられて二列、奥へと伸びている。

 新しい形態の会社だとは、事前に聞いていた。だが俺は、どうせまたIT関連の振興企業か、いわゆる隙間産業的な会社であろうと高をくくっていた。なぜなら俺の周りに溢れているのは、そんな現実ばかりだったから。

 だがこの会社は、どうやら本当に変わっているようだ。

 それぞれのベンチには多種多様な人間が貼り付いていた。あるベンチでは労働党議員がポンドの切り下げに関する自説を展開しているし、またあるベンチでは三番打者がマウンドと監督の顔を交互に見比べ、細かな指示を受けていた。

「こちらへ」

 案内役が先へと促す。戸惑いながらも俺は、ベンチに寝そべり、七十五キロのバーベルを上げている女性の横を抜けて、さらに奥へと歩みを進める。

 誰もいないベンチの一角で、案内役が足を止めた。

「ここがあなたの持ち場です」

 それだけを言い残し、案内役は足早に去っていく。どうしたものかと辺りを見回していると、ベンチ一つでコミカルなアクションを繰り広げていたアクションスターと交代で、覆面をかぶった巨漢の男が近付いてきた。

 覆面とタイツ、リングブーツだけを身に着けた巨漢が、俺の前で立ち止まる。

 男が俺に笑みを向けた。挑発的な笑い方。そいつで理解した。

 ああ、なるほど。そういうことか。

 俺はスーツの上着を脱ぎ捨てた。ネクタイを緩め、こいつも後ろへ放り投げる。

「カモン、ファッキンジャップ」

 男が手招きする。それで覚悟を決めた。

 巨漢レスラーの頭部を殴打するため、俺はベンチを持ち上げた。


(完)


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