バレンタインズ11(イレブン)
二〇〇X年、二月、十四日。その日、義利家は戦場と化した。
持ち運びに便利な軽量ラジカセからスパイ大作戦のメインテーマが流れている。ラジカセの置かれた古いワゴンの中には三人の男性がいた。三人とも見るからに安物のヘッドセットをつけ、色々なキーやスイッチのついた機材の前に座っている。リーダー格とおぼしき男がマイクに向かって口を開いた。
「アルファよりチャーリィへ。そちらの準備はどうだ」
「万全だ。いつでもいけるぜ」
スピーカーからかすれた音声で返答がある。それを聞いた男は残りの二人に細々と指示を出す。
「オーケー。三十秒後に作戦を開始する。合図があり次第突入を開始せよ」
「了解。ところですぐ横に干してある白のパンティーとブラもゲットしておきたいんだが」
「今回の目的は下着ではない。却下する。相手は百戦錬磨だ。どこに罠を仕掛けているかわからんぞ。軽率な行動は慎め」
「……了解」
男は機材のつまみを捻ると再びマイクに話しかけた。
「アルファよりブラボーへ。行動を開始してくれ。迅速に、しかし確実に、だ」
「了解」
通信が切れるとバンの外にいた二人組が目の前にある典型的一戸建て家屋へと歩き出した。表札は「義利」となっている。間違いない。学校の男子生徒全員のあこがれの的である義利チヨコちゃんの家だ。
二人組のうちの一人が震える手でインターホンを押す。メンバーの中でも度胸のあるものをこの役に当てたが、それでもやはり緊張の色は隠せないようだった。
ドアが開いて母親らしい女性が出てきた。娘に似て母親も美人だ。俺はこっちでもいい、とリーダーは思ったが、様々な誤解を産みそうなので口には出さなかった。
「こんにちは。あの、義利さんいらっしゃいますか」
二人組が声を振り絞ってそう用件を伝えると、母親は玄関口から娘の名前を呼んだ。
よし! リーダーとワゴンにいるメンバーたちは軽くガッツポーズを決めてみせた。
「アルファよりチャーリィへ。フタガミヤマノボレ。繰り返す、フタガミヤマノボレ。突入を開始せよ」
「了解。ただいまより突入を開始する」
庭に潜んでいたチャーリィ隊のリーダーが手を振ると後ろに控えていた五名が一斉に二階ベランダによじ登り、突入を開始した。全員を見送ったリーダーも一番後ろについて続く。リーダーのポケットはなぜか少し膨らみ、すぐ側の物干し竿から純白の下着一組が消えてなくなっていた。
「ベランダのガラス戸を開け、部屋の中へ突入する。メンバーはそれぞれ痕跡を残さぬよう静かに、しかし迅速に部屋の中の物色をはじめた。
「いいか。目的のものはブツだけだ。他の者には一切手を触れるな」
自分のことを棚に上げ、リーダーはそう厳命する。メンバーはしぶしぶながら熊のぬいぐるみやパジャマや制服などを元の場所へ戻した。
一階でも熾烈なバトルが繰り広げられていた。
「で、結局何の用なの、あなたたち」
「いや、その……」
しどろもどろになる二人組を学園のアイドルは厳しいジト目で睨み付ける。胸の下で組んだ腕が、見事な二上山を持ち上げていた。
「ははあん。今日はアノ日だもんね。どうせあなたたちもアレが目当てなんでしょ。違う?」
「はは……。ま、まさかあ」
とか言う割に視線が泳いでしまうのはまことに情けない。一人が隙を見計らってマイクに囁いた。
「ブラボーよりアルファへ。これ以上の精神的重圧には二人とも耐えられそうにない。もう、我慢の限界だ。撤退する」
それを聞いたアルファリーダーは、ヘッドセットを叩きつけた。
「なんて根性のないやつらだ! せっかく学園のアイドルと話せる機会を与えてやったというのに、情けない……」
「というか、こんな機会貰っても嬉しくもなんともないでしょうが……」
メンバーの言を無視してアルファリーダーはヘッドセットを被り直した。
「アルファよりチャーリィへ。フタガミヤマクダレ。直ちに撤収せよ」
返ってきたのは悲痛な叫びだった。
「待ってくれ! まだブツが発見できないんだ! かなり巧妙に隠しているらしい。あと三十秒! 三十秒猶予をくれ!」
「駄目だ! ブラボーが撤退した。すぐにフタガミヤマがそちらへ上がる。撤退しろ」
「イヤだ! ここまで来て発見できなけりゃ水の泡だ! 俺は諦めないぞ!」
「こだわっている場合か! 見つかれば俺たち全員命取りだ! 撤退するんだ! また来年がある!」
「イヤだ! 来年がある、来年がある。そういい続けてここまで戦果ゼロを続けてきたんだ。もう、俺はこれ以上耐えられない! 頼む!」
「…………」
その叫びは魂の叫びだった。
「あと十秒だ。それ以上は待てない」
「了解! 話がわかるぜ!」
通信が途切れた。
ブラボーの二人組がワゴンに乗り込んでくる。運転手がイグニッションを回した。無免許のくせにやけに手慣れている。
アルファリーダーは機材の上で両手を組んだ。十秒がとても長く感じた。
「あった! あったぞ! ブツを見つけた! クローゼットの奥の隠し部屋だ!」
スピーカーから声が流れた。歓喜の叫びだった。
「よし、撤収だ!」
「了解!」
六人全員が引き上げたのと、義利ちゃんが部屋のドアを開けて入ってきたのはほぼ同時だった。
六人がワゴンに駆け込むと、運転手は一気にアクセルを踏み込んだ。
「やった、やったぜ!」
十一人は皆手を叩き合って喜んだ。バレンタインズイレブン。バレンタインに目標の女の子からチョコレートを奪うために結成された、特殊工作チームだ。そして彼らは、その存在意義を完全に果たしたのである。
「さて、それじゃあ早速開けてみるか」
アルファリーダーが包みを手に取った。赤いリボンと包装紙で装飾されたそれを二十二の瞳が見つめる。
包みが開いた。出てきたのは大きなチョコレート。
そして、それは手作りだった。
そして、そこにはこのように記されていた。
『アキラくん、大好き』
名前入りだった。そして、ホワイトチョコで記されている名前と同名の一名を除くメンバー全員が、そのアキラを睨み付けていた。
この事件以来、再びバレンタインズ11が結成されたという話は聞かない。
(完)




