スノーマンは眠れない
「つまりあなたは不眠症だというのですね」
先生の白衣と同じような驚きの白さを保ったままスノーマンは頷いた。
「眠ろうとはするんです。でも、布団に入るとつい、例えば今年のクリスマスは彼女と過ごせるだろうかとか、仲間由紀恵の足りない部分をアンジェリーナジョリーで補えないだろうかとか、実は男性より女性の方がシモネタが好きなんじゃないだろうかとか、そもそもこういう場で一部の人間しかわからないネタ振りをしていいものなんだろうかとか、色々なことを考えてしまって。それで、目が冴えて眠れなくなるんです」
スノーマンは布団派なのかと思いながら、先生はカルテを綴った。
「なるほど、悩み事がたくさんおありなわけだ」
先生が立ち上がった。
「だが、あなたが眠れない原因はおそらく悩み事とは無関係でしょう。別室で治療をするからついてきなさい」
そう言って足早に診療室を出ていく先生のあとを、スノーマンは丸々とした身体を重そうに引きずってついていった。
「先生、どこへ行くんですか」
不安になったスノーマンは聞いた。歩きながら半分だけ振り返った先生の顔はちょっぴり嬉しそうだった。
「あなたのような患者のためにつくったサウナ室ですよ。あそこでなら、ぐっすりと眠れるはずです」 「この病院にはそんなものまであるのですか」
「ここには様々な患者さんがやってきますからね。先日はおはようからおやすみまで暮らしを見つめるのが苦痛になったライオンが来ました」
「CMネタはいつ消えるかわからないから危険ですよ」
先生は立ち止まり、ドアを開いた。
「さあ、どうぞ」
先生に促されるようにして、スノーマンは室内に底を踏み入れた。後ろでドアがゆっくりと閉められる。
「すぐに暖かくなりますから」
スピーカーから先生の声が聞こえた。間もなく、スノーマンの身体の芯に、痺れるような感覚が湧き起こってきた。それは、初めての感覚だった。
「どうですか、気分は」
「とっても……気持ちいい……です……」
「あなたのワイフと比べてどうですか?」
「そりゃもううちの古女房とは比べものになら……もちろんワイフです」
「意識はまだはっきりしているようですね」
先生の声の調子が変わったような気がした。
「この星には温暖期と寒冷期が周期的に訪れるといわれています。そして今、どうやらこの星は寒冷期へと突入しようとしている」
身体の痺れが強くなってきた。先生の声が、やけに反響して聞こえる。
「今年の冬は、あなたが眠れないだけで済みました。だが来年の冬には、あなたをつくるものたちの存在そのものが、この星から消えているかもしれません」
先生の話を、スノーマンは穏やかな気持ちで聞いていた。
いいんです、先生。僕は役目を終えて、こうして眠りにつけるだけで幸せなんだから……。
頭部が溶け落ちる直前、先生の優しい声を聞いたような気がした。
「おやすみ。せめて今宵はよい夢を……」
(完)