乳国管理局
「ですから、七十八センチCカップ以下の女性は入国できないのです」
入国管理局の係員は、さっきからそればかりを繰り返している。あたしは背の高い、ちょっとハンサムなその男を下から睨みつけ、今日何度目かの怒気を発した。
「バカなこと言うんじゃないわよ! そんな……ムネの大きさで女性を差別していいと思ってるの!」
「しかし、我が国の法律ですから……」
そう。このチャバという国は、ムネの大きい女性しか入国・居住できないというおかしな国なのだ。
チャバは観光業が主な財源となっている小さな国だ。芸の国との二つ名がつくほど芸事が盛んで、国内には数多の劇場が軒を並べている。チャバ出身の芸人やタレントが各国で活躍していることからもそのレベルの高さが伺えるだろう。
だから世界中から旅行者がこのチャバにやってくる。ある者は最高峰の芸を求めて。またある者は有名タレントの生家や記念館を見るために。
だがそんな素敵なチャバにも一つだけ、どうしても許せないことがある。それは、乳の小さい女性を認めない、ということ。
芸の国チャバによると、巨乳はそれだけで一つの芸なのだそうだ。だからチャバでは、巨乳の女性は大切にされる。またチャバの女性は伝統的に巨乳が多く、その巨乳遺伝子を保護するために非巨乳遺伝子はチャバの中へ入れないというのが国の方針なのだ。女性側から言わせてもらえばまったくふざけた話なのだが、実際にそんな理屈がまかり通っているのだから仕方がない。
この国は、そうして排除される人々の気持ちを少しでも考えたことがあるのだろうか。
「いや、ボクは微乳も好きなんだけどね」
誰もお前の好みなんて聞いてない。この変態。
「ともかく! そんな理不尽な法律に従う気はないわ! あたしはぐれ子様の記念館に行くの。さあ、そこを通しなさい!」
「ダメですってば! 我が国にそういう法律があることは来られる前からご存じでのはずしょう。無茶を言わないでください」
「何でそんなバカな法律に従ってるのよあんたたちは!」
男は困ったように頭を掻く。でも本当に困っているのはこっちだ。ここまで来て、引き返せるもんですか。
「そう言われてもねえ。どうしようもないんですよ。だから、ね。お嬢ちゃん。ここは一つ諦めて……」
怒りが頂点に達したあたしは男の臑を蹴飛ばした。
「どうしようもないのはこっちよ! あたしに、どうやってそんなムネをつくれというの! あたしはまだ九歳よ!」
(完)