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星が重なる日  作者: 橘花


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56.鋼鉄の傾斜

「潜行型、距離一五〇〇。速力上昇。針路、ワラマンガへ指向。」


水測員の声が一段低くなる。


ソナー画面の接触は、迷いのない進路修正を示していた。

緩慢でも、偶然でもない。意図を持った旋回。


画面上のベクトルが、一直線に収束していく。


敵は理解している。


砲戦の均衡を崩しているのはワラマンガだ。


ワラマンガの127mm砲が二番艦へ正確な弾着を重ねた瞬間から、敵の重心は移った。


あさひCICの戦術表示盤には、赤い三つの主目標と、その下に黒い水中接触が描かれている。

その黒い影が、ゆっくりとワラマンガへ針路を合わせる。


二番艦主砲発砲。


――ドォン。


低く腹に響く重音。空気が震える。CICの床にわずかな共振。


CIC当直士官。

「弾道捕捉。飛翔七秒。」


表示盤に放物線。


七。


六。


五。


誰も瞬きをしない。


ワラマンガCICでも同じ数字が減っているはずだ、と誰もが思う。


着弾。


直撃。


ワラマンガ中央部に爆煙が噴き上がる。外板が歪み、鋼片が弧を描いて海面へ落ちる。内部構造材が露出し、黒煙が吹き出す。衝撃で艦橋マストが揺れる。


「ワラマンガ、機関区画被弾。出力低下。」


速力表示が落ちる。


二六ノット。

二二。

十八。


数字が減るたび、包囲の中心が重くなる。


包囲円の中央に“停止しかけた質量”が生まれる。


敵三番艦が間髪入れず発砲。


――ドォン。


今度は艦尾。


白煙と蒸気が噴き上がる。推進軸付近。破片が海面を叩く。ワラマンガの艦尾から油が薄く広がる。


「ワラマンガ、推進軸系損傷。速力一二ノット。」


艦尾波が弱くなる。


航跡が細くなる。


CICの戦術図で、ワラマンガの速度ベクトルが縮む。


その瞬間。


水測員が叫ぶ。


「魚雷発射音確認! 二本!」


ソナー画面に二つの高速接触。


泡を引く推進音。キャビテーションが強い。直進。


CIC当直士官。

「目標、ワラマンガへ指向!」


ワラマンガは回頭を試みる。舵角が変わる。だが機関出力が足りない。艦首がわずかに振れるだけ。


速度一二ノットでは回避は困難。


一発目。


水線下中央部。


鈍い衝撃。


海面が持ち上がる。


艦体が内側から叩かれる。


ワラマンガCICで警報灯が赤く点滅している光景が、誰の頭にも浮かぶ。


二発目。


艦尾。


爆発。


衝撃が水を叩き上げ、巨大な水柱が艦尾を覆う。


ワラマンガの航跡が消える。


「ワラマンガ、速力ゼロ。航行不能。右舷傾斜三度。」


傾斜角は小さい。だが推進は完全停止。


黒煙。蒸気。火災警報。


だが砲は沈黙していない。


ワラマンガ前部砲塔が再び火を噴く。


停止した艦が撃ち続ける姿は、戦場の意志そのものだった。


無線。


『ワラマンガより。主機停止。推進不能。砲戦継続可能。航空支援を要請する。』


声は落ち着いている。


戦意は失われていない。


あさひ艦長は即断する。


「航空支援要請、実施。座標送信。」


副長復唱。


データリンクに戦術座標送信。


敵旗艦、二番艦、三番艦の現在位置、予測進路、速力が共有される。包囲円の図が、外部ネットワークへ送られる。


同時に艦長。


「対潜戦闘用意。」


CIC全体が応じる。


「対潜戦闘用意、実施。」


水測員。

「潜行型、距離一二〇〇。深度増大。離脱傾向。」


魚雷発射後、退避動作。


だがまだ射程圏内。


艦長。


「VLA射撃用意。」


砲雷長復唱。

「VLA射撃用意。」


Mk41 VLS内、07式垂直発射魚雷投射ロケットへ目標諸元入力。


方位。距離。深度推定。移動予測。


CIC当直士官。

「目標指定完了。射撃解安定。」


艦長。


「攻撃始め。」


――発射。


VLSセルから白煙とともに一発が立ち上がる。


ロケットモーターが点火し、垂直上昇。


弧を描き、指定海域へ。


数秒後、弾頭分離。


投下魚雷入水。


水中爆発。


衝撃波が海面を震わせる。


ソナー画面の接触が乱れる。


「接触減衰。速力低下確認。深度増大。」


撃沈確証はない。


だが即時脅威は後退。


立体包囲の水中側が一時的に解ける。


水上戦闘へ焦点が戻る。


二番艦、三番艦があさひへ砲口を向ける。


CIC当直士官。

「対水上戦闘用意。」


艦長。

「主砲、目標二番艦。射撃諸元算出。」


砲雷長復唱。

「主砲、目標二番艦。射撃諸元算出。」


距離二・八海里。


風向補正。

艦速補正。

動揺修正。

砲塔旋回。


敵は横列を維持しようとしている。


だが旗艦は減速。


二番艦が前に出ざるを得ない。


隊形の綻びが生まれる。


CIC当直士官。

「諸元良し。」


艦長。


「撃ち方始め。」


あさひの62口径127mm単装速射砲(Mk45 Mod4)が吼える。


――ドンッ。


反動が艦体を震わせる。


着弾。


二番艦舷側に爆煙。


装甲帯にひびが走る。


「続けて撃て。」


――ドンッ。


砲郭付近に命中。


火災拡大。


三番艦発砲。


至近弾、左舷一五〇。


艦体が震える。


衝撃波がCICの床を叩く。


表示が一瞬揺らぐ。


「損傷軽微。戦闘継続可能。」


ワラマンガも停止状態のまま127mm砲で応射する。


艦首側砲塔が火を噴く。


その弾着が二番艦中央部に集中する。


二方向からの射撃。


交差する弾道。


敵隊形が乱れる。


旗艦は既に速力一二ノット。


二番艦が実質的な前衛となる。


「敵二番艦、速力低下。火災拡大。消火活動確認。」


甲板上の人影が走る。


だが消火が追いつかない。


戦術の重心が崩れ始める。


艦長。


「主砲、二番艦継続。集中射。」


――ドンッ。

――ドンッ。


命中。


甲板上で爆発。


二番艦中央部から黒煙柱。


内部で小規模爆発。


弾薬が誘爆し始めている。


そのとき。


データリンク更新。


「航空隊、到達三分。」


三分。


砲戦距離では長い。


敵三番艦はなお健在。


だが隊形は崩れている。


上空。


レーダーに高速接近目標。


味方。


CIC。

「目標共有完了。攻撃許可送信。」


戦闘機から空対艦誘導弾発射。


白煙が空を裂く。


時間が圧縮される。


数秒。


三番艦中央部に直撃。


爆炎。


船体中央が裂ける。


構造材が外へ吹き飛ぶ。


衝撃で砲塔が傾く。


続けて二番艦。


再度の命中。


内部で大規模爆発。


弾薬庫付近が誘爆。


閃光。


爆圧。


船体が急激に傾く。


旗艦は炎上停止。


三番艦大破漂流。


帆走混成艦六隻のうち四隻が混乱。


帆を乱し、針路を失う。


指揮系統が崩壊している。


二隻が北西へ離脱。


砲口は沈黙。


敵主力三隻、無力化。


包囲円が崩れる。


あさひの周囲に、空間が生まれる。


艦長。


「追撃は実施しない。ワラマンガ救難支援優先。」


副長復唱。

「救難支援優先。」


主砲停止。


VLSハッチ閉鎖。


対空監視継続。


ワラマンガへ損傷状況照会。


CICの電子音だけが残る。


戦闘は終息。


完全殲滅ではない。


だが主力三隻は機能停止。


包囲は崩壊した。


海は再び静まる。


だがそれは、戦闘前の静寂ではない。


砲煙と爆炎を吸い込んだ後の、


重く、鈍い、


戦場の静けさだった。

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