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星が重なる日  作者: 橘花


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51/60

50.まだ名のないもの

空は変わらず、

光は変わらない。


太陽は高く、

影は短く、

海面は鏡のように均一だ。


波頭は砕けず、

うねりも穏やかで、

遠景の艦影さえ

蜃気楼のように静止して見える。


だが――


海の下で続く三秒の鼓動は、

止まらない。


三秒。

三秒。

三秒。


一定。


揺らぎがない。


自然の偶然にしては、

整いすぎている。


まるで、

誰かが

正確に刻んでいるかのように。


機械式の時計のように。

あるいは、

待機状態の心臓のように。


止まらず、

焦らず、

ただ次の段階を待っている。


しょうなん。


「振動源、深度推定」


「計算中」


複数のセンサー値が

重ねられる。


音響。

磁気。

圧力変化。

微細な水流偏差。

水温の局所変動。


三点測量。

補正値を加え、

再計算。


「推定深度、海底直上五メートル」


海底“直上”。


埋没していない。

露出している。


沈んでいるのではない。


“置かれている”。


その言葉が、

艦橋の誰の口からも出ないまま、

全員の思考を占める。


「固定か?」


「位置変化なし」


動いていない。


だが、

振動している。


まるで、

“そこに設置されたもの”のように。


自然に転がり落ちた岩ではない。

漂着物でもない。

偶然の残骸でもない。


配置された何か。


艦橋の空気が、

もう一段、

硬くなる。


声が低くなる。

キー操作の音が減る。


誰も、

軽口を叩かない。


あさひ。


「不明接触、十九海里」


「速度維持」


「針路、不定」


点は、

接近とも離脱とも言い切れない動き。


偶然の航路とも言える。


だが、

偶然が続きすぎている。


一定の距離を保ち、

一定の速度を維持し、

一定の角度で揺れる。


監視圏の縁を

なぞるような動き。


「電波放射兆候は?」


「確認できず」


完全な沈黙。


能動的な照射はない。

発信もない。


だが、

沈黙そのものが

意図のように見える。


受動監視のみ。


まだ、

こちらからは照らさない。


見ているだけだ。


だが、

“見られている可能性”は

否定できない。


豪州フリゲート。


「周期振動、依然継続」


「振幅微増」


「増加率?」


「ごくわずか」


増えている。


ほんのわずか。

だが、

確実に。


それは、

目覚めつつある兆候なのか。


それとも、

偶然の強調か。


「日本側に更新送信」


短い通信。


衛星はない。


だが、

事前取り決めた時間帯、

高周波を開く。


暗号化。

圧縮。

送信。


数秒で閉じる。


それで十分だ。


共有されるのは、

感想ではない。

恐れでもない。


数値だけだ。


しょうなん。


「振動パターン、解析」


波形が拡大される。


三秒周期の中に、

微細な揺らぎ。


規則の中の、

微妙な揺れ。


完全な正弦波ではない。

だが、

乱雑でもない。


「変調あり」


「どんな変調だ」


「負荷変動の可能性」


周期の山が、

わずかに不均一。


三秒。

三秒。

二・九八秒。


ほとんど差はない。


だが、

ゼロではない。


「完全な機械周期ではない」


完全な人工物なら、

もっと正確だ。


自然現象なら、

もっと不規則だ。


どちらでもない。


その中間。


“制御されつつ、

 環境に影響されている波形”。


それが、

一番不気味だった。


官邸。


「振動継続。微増傾向」


「不明接触、距離十九海里」


報告は、

さらに短くなる。


言葉が削られていく。


余分な修飾が消える。


事実だけが並ぶ。


「豪州側は」


「同様認識」


官房長官は、

しばらく沈黙する。


そして、

初めて尋ねる。


「仮に人工物だった場合、

 性質は」


「不明です」


率直な返答。


機雷か。

観測装置か。

探知機か。

通信中継か。


あるいは、

この惑星に

元から存在していた

別の文明の何かか。


まだ、

名前は与えられない。


名前を与えれば、

対処の段階に入る。


「継続」


変わらない指示。


だが、

声は僅かに低い。


キャンベラ。


「接触、十八海里」


「周期振動、継続」


国防相は、

ゆっくりと息を吐く。


「日本は動くか」


「現時点では観測継続」


頷き。


「同調する」


動かないことも、

行動の一つだ。


動かないという選択は、

準備を止めることではない。


航空機は

滑走路端で待機。


エンジンは

まだ冷たい。


だが、

命令が出れば

数分で空へ上がる。


海。


あさひの艦橋。


「距離十七海里」


点が、

わずかに針路を変える。


「こちらに向いたか?」


「断定不可」


だが、

偶然にしては

角度が近すぎる。


「あさひ、対水上監視強化」


「了解」


砲は動かない。


だが、

火器管制レーダーの

待機表示が灯る。


まだ照射しない。


だが、

準備は整う。


警戒は、

静かに段階を上げる。


一段。

さらに一段。


しょうなん。


「振動振幅、さらに微増」


三秒。


三秒。


三秒。


止まらない。


「出力上昇か?」


「推定不可」


だが、

確実に、

強くなっている。


「人工物の可能性、六十%」


誰も声を上げない。


五割を越えた。


偶然の領域を、

越え始める。


豪州フリゲート。


「こちらも六十%」


一致。


日豪で、

同じ結論。


海が、

同じ答えを出している。


レーダー。


「十六海里」


距離は縮む。


速度は一定。


識別信号なし。


「あさひ、警戒態勢さらに一段」


「了解」


艦内の表示が切り替わる。


戦術モード。


だが、

まだ発砲条件ではない。


距離は危険域ではない。


だが、

無視できる距離でもない。


緊張は、

引き絞られた弦のように

張り詰める。


海底。


振動が、

一瞬だけ止まる。


艦橋の全員が

息を止める。


静寂。


完全な無音。


音響モニターが、

平坦な線を描く。


世界が

止まったように見える。


そして――


三秒後。


再開。


だが、

わずかに速い。


二・八秒。


二・八秒。


二・八秒。


「周期短縮」


「確認」


それは、

明らかな変化だった。


偶然ではない。


自律的な変化。


海底の“何か”は、

状態を変えた。


待機から、

次の段階へ。


官邸。


「周期短縮」


空気が変わる。


今度は、

誰も即答しない。


「これは偶然か」


「断定できません」


だが、

偶然の幅を

超え始めている。


判断の猶予が、

縮んでいく。


キャンベラ。


「周期短縮確認」


国防相が、

初めて言う。


「航空機、発進準備」


まだ離陸はしない。


だが、

エンジンが回る。


地上で、

回転数が上がる。


空は、

まだ動かない。


だが、

いつでも動ける。


海。


青は変わらない。


波も穏やかだ。


だが、

数字は確実に変化している。


三秒だった鼓動は、

縮まり始めた。


海底の“何か”は、

待機ではなく、

移行に入っているように見える。


水上の点は、

十五海里。


距離は、

もはや偶然とは言い難い。


日豪の艦艇は、

まだ発砲していない。


まだ警告も出していない。


だが、

二つの線が、

ゆっくりと交差に向かっている。


海底の鼓動。

水上の接近。


偶然が二つ、

同時に起きている。


そう言い張ることは、

もう難しい。


最初のずれは、

形になった。


そして今、

形は動き始めている。


それでも――


誰もまだ、

それに名前を与えない。


名を与えた瞬間、

それは脅威になる。


だから、

まだ呼ばない。


だが、

全員が理解していた。


次の三秒で、

何かが決まる。

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