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星が重なる日  作者: 橘花


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12/19

11.沈黙が、こちらを見始める

沈黙は、

こちらを拒絶しているわけではなかった。


だが、

こちらを迎えている様子もない。


それは、

距離を保ったまま、

ただ存在している。


近づけば押し返されるわけでもない。

離れれば追ってくるわけでもない。


ただ、

同じ位置に留まり続けている。


その在り方が、

逆に人を落ち着かなくさせていた。


沈黙に意図が感じられないことが、

最も厄介だった。


敵意があれば、

人はそれを想定し、

対処の仕方を考えることができる。


拒絶であれば、

遠回りすることも、

別の経路を探すこともできる。


だがこれは違う。


沈黙は、

こちらの行動を妨げないまま、

こちらの判断だけを重くしていく。


それは、

扉が閉ざされているのではなく、

最初から

扉という概念そのものが

与えられていないような状態だった。


人は、

扉が閉まっていれば

「開ける」「壊す」「迂回する」

という選択肢を考える。


だが、

扉が存在しない場合、

人はまず

「自分がどこに立っているのか」を

疑い始める。


疑いは、

行動ではなく

思考を遅らせる。


思考が遅れると、

判断は慎重になる。


慎重さは美徳だ。


だが、

過剰な慎重さは

やがて

動かないことそのものを

正当化し始める。


動かない理由は、

最初は論理だった。


だが時間が経つにつれ、

それは倫理に変わる。


倫理になった判断は、

もはや

覆すことができない。


午後四時四十五分。


首相官邸地下、

危機管理センター。


この部屋の空気は、

午前中とも、

正午とも、

夕方とも違っていた。


時間帯が変わったのではない。

照明が変わったわけでも、

外の音が入り込んだわけでもない。


モニターの表示も、

椅子の配置も、

机の上に積まれた資料も、

物理的には何一つ変わっていない。


それでも、

この部屋に入った瞬間、

誰もが同じ感覚を抱く。


「ここは、

 もう“次の作業”をする場所ではない」


その感覚は、

誰かが口にしたわけではない。


だが、

誰も否定しなかった。


否定されなかった感覚は、

この部屋の前提になる。


変わったのは、

「時間の意味」だった。


この部屋では、

時間はもはや

作業を区切るためのものではない。


会議開始。

報告。

判断。

次の工程。


それらは、

これまで国家が

危機を扱うために

幾度となく繰り返してきた

確立された手順だった。


その手順は、

多くの危機を

実際に乗り越えてきた。


だからこそ、

誰もそれを

疑ったことがなかった。


だが今、

その手順は

どこにも接続していない。


接続されない手順は、

形式としては存在していても、

機能しない。


区切りが存在するということは、

前に進むという前提が

共有されているということだ。


だが、

前に進んだ先に何があるのか、

誰も分からない。


分からない以上、

区切りは

意味を失う。


意味を失った区切りを

無理に使えば、

それは判断を

形式だけのものにしてしまう。


形式だけの判断は、

責任だけを残す。


誰も「次」を宣言しない。

誰も「一区切り」と言わない。


言った瞬間、

そこに

“意味の段差”が

生まれてしまうからだ。


段差は、

越えるか、

立ち止まるかを

人に迫る。


迫られた判断は、

必ず前提を必要とする。


前提は、

すでに壊れている。


壊れた前提の上で

判断を下すことは、

決断ではない。


それは、

責任の固定化だ。


時間は、

沈黙が

どれだけ“続いてしまったか”を

測るための目盛りになっていた。


時計の針が進む。

秒針が一周する。

分針がわずかに角度を変える。


その動きは、

この部屋の誰の意思とも関係なく進む。


止めることもできない。

早めることもできない。


それは本来、

時間の中立性を示すものだ。


だが今は、

その中立性こそが

不安を増幅させていた。


時間は、

何も解決しない。


だが、

何も解決していないという事実を

確実に増やしていく。


そのたびに、

新しい情報は増えない。


だが、

「増えなかった」という事実だけが

確実に積み重なっていく。


増えない情報は、

安心を与えない。


同時に、

恐怖も与えない。


それは、

人の感情を刺激することなく、

判断だけを

少しずつ鈍らせていく重さだった。


誰かが言葉を発しようとするたび、

その言葉は

口を出る前に失速する。


喉が詰まるわけではない。

恐怖で声が出ないわけでもない。


「言ってしまった瞬間に、

 世界を定義してしまう」


その直感が、

この場にいる全員の中で

共有されていた。


ここで何かを言えば、

それは必ず

「意味」に変わってしまう。


意味は、

沈黙を壊す。


壊れた沈黙は、

二度と同じ形には戻らない。


一度言葉を与えられた沈黙は、

もう

「ただの未応答」ではいられない。


それは、

説明される対象になり、

評価される対象になり、

やがて

処理される対象になってしまう。


国家にとって、

処理とは

「終わらせる」ことを意味する。


だが、

終わらせてよい段階には

まだ至っていない。


終わらせてしまえば、

次に進むしかなくなる。


次に進むための前提は、

まだ存在していない。


だから、

誰も言わない。


誰も、

「まだ」

「もう」

「そろそろ」

といった言葉を使わなくなっていた。


それらはすべて、

時間に物語を与える言葉だからだ。


物語は、

進行を要求する。


進行は、

方向を要求する。


方向は、

境界を要求する。


境界が生まれた瞬間、

世界は再び

「分けられる対象」になる。


分けられた瞬間、

こちらと向こう、

内と外、

正常と異常が

再び固定されてしまう。


その固定は、

人に安心を与える。


だが同時に、

誤りを訂正できなくする。


それを、

誰も望んでいなかった。


午後五時。


外務省から、

短い内部連絡が入る。


内容は、

ほとんど報告と呼べないものだった。


在外公館からの

新規連絡、なし。


在日大使館からの

問い合わせ、増加。


ただし、

内容は一様ではない。


「本国と繋がらない」

「確認が取れない」

「上からの指示がない」


それらは、

異常報告ではなかった。


要請でもない。

警告でもない。


ただ、

“向こう側でも、言葉が失われている”

という痕跡だった。


沈黙が、

こちらだけのものではない、

という兆し。


だがこの時点で、

誰もそれを

「他国の異変」とは呼ばない。


それを呼ぶ言葉が、

まだ存在していないからだ。


存在していない言葉で

状況を包もうとすれば、

必ず無理が生じる。


無理は、

判断を歪ませる。


歪んだ判断は、

後から修正できない。


国家は、

一度踏み出した言葉を

簡単には引き戻せない。


だから、

言葉は選ばれない。


沈黙が、

選ばれ続ける。


午後五時二十分。


官邸内の別フロアでは、

通常業務が続いている。


決裁書類は回り、

電話は鳴り、

秘書官は歩き回る。


足音は規則正しい。

呼び止める声もない。


誰も、

立ち止まらない。


立ち止まらないことが、

この建物における

最大の規律だからだ。


だが、

危機管理センターだけは違う。


ここでは、

「止まらないこと」よりも

「動かないこと」が

意識的に選ばれている。


動かない、という行為は

消極的ではない。


それは、

“まだ触れてはいけないものがある”

という判断だ。


その判断が、

この部屋の倫理だった。


午後五時三十分。


首相は、

再びモニターを見渡す。


画面に映る数値は

朝からほとんど変わっていない。


だが、

「変わっていない」という事実は、

もはや安心材料ではなかった。


変わらないということは、

世界が安定しているという意味ではない。


変わらないまま

返事がないという状態が、

“固定され始めている”

という兆候だからだ。


固定は、

境界の前段階だ。


境界は、

ある瞬間に突然引かれるものではない。


「変わらない状態」が

続いてしまった結果として、

いつの間にか

そこにあったように現れる。


首相は、

誰にも聞こえない声で

一度だけ息を吐いた。


それは疲労ではない。

決意でもない。


「次の段階が、

 もう準備されつつある」


その直感が、

言葉になる前に

身体に先に現れただけだった。


午後五時四十五分。


若い職員が、

新しいログを運んでくる。


そこに書かれているのは、

相変わらず同じ言葉だ。


応答なし。


だが、

紙の余白に

小さな注記が加えられている。


「未応答、継続時間:更新」


時間が、

項目として

独立し始めている。


それは、

沈黙が

“長さを持ち始めた”

ということだった。


沈黙が長さを持つとき、

人はそれを

状態として扱い始める。


状態になった沈黙は、

やがて

条件になる。


条件になった沈黙は、

行動を縛る。


この国は今、

その入口に立っていた。


午後六時。


外では、

夕方のニュースが始まる。


画面の中の世界は、

相変わらず整っている。


アナウンサーの声は落ち着き、

映像は鮮明で、

テロップは正確だ。


だが、

その整った世界の背後で、

確認されないままの沈黙が

確実に存在感を増している。


誰も、

それを指差さない。


誰も、

名前を与えない。


だが、

誰もが

“それがそこにある”ことだけは

否定できなくなっている。


沈黙は、

もうこちらから

投げかける対象ではなかった。


こちらの行動すべてを、

無言で見返してくる

“場”になりつつある。


返事のない空間は、

いまや

こちらを試している。


何をするか、ではない。


何をしないかを、

どこまで保てるかを。


沈黙は、

こちらを拒絶していない。


だが、

迎え入れてもいない。


ただ、

こちらの振る舞いを

そのまま返してくる。

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