逃亡と対話 ― “真実”という呪い
聖堂の外では、怒号と詠唱が交錯していた。
鉄の扉が槍の柄で叩かれ、石壁が震える。
「異端を捕らえよ!」という叫びが、
もはや祈りではなく、処刑の合図のように響いていた。
カインは舌打ちをひとつすると、
ローブの下から、古びた短杖を取り出した。
杖先に刻まれた紋章が淡く光り、
彼が低く古代語を唱えるたび、空気が震える。
――バチリ。
床に描かれた古い封印がひとりでに割れ、
石の隙間から、冷たい風と共に地下への階段が姿を現した。
「ここはすぐ包囲される。ついて来い、悪役令嬢さん。」
カインは短く言い捨て、先に闇の中へ足を踏み入れる。
「どうして……助けてくれるの?」
セレナは一歩遅れて、迷いを含んだ声を投げかけた。
「助けてるつもりはねぇよ。」
振り返ったカインの灰色の瞳が、炎のように揺れる。
「ただ――お前の“目”に興味がある。」
「……“目”?」
その言葉に、セレナは思わず足を止める。
カインは立ち止まり、わずかに笑う。
「“真実を視る者”の瞳だ。あの黄金の光――
神罰の瞬間、お前の瞳が光ってた。
あれは、神聖でも魔でもねぇ。“現実の嘘”を焼く光だ。」
「真実を……視る、力……?」
セレナの胸がざわめく。
3秒間だけ、世界が静止する。
あの奇跡のような現象は、生き残るための奇跡ではなく――
“隠された真実を暴く力”。
その意味に気づいた瞬間、背筋が凍る。
“真実”とは祝福ではなく、呪いだ。
知ってしまえば戻れない。
信仰も、絆も、正義さえも疑わなければならない。
セレナ(心の声):(……私は、ただ生き残ったんじゃない。
見てしまった――この世界の“裏側”を。)
階段の下から吹き上がる風が、
二人のローブを翻す。
聖堂の扉が破られる音と同時に、
セレナは闇の中へと飛び込んだ。




