狩人の夢
「―――3番線に列車が参ります。」
駅員のアナウンスでアッシュは、目を覚ます。
何十本もの路線が連なる巨大な駅構内。
この巨大な乗り場では、蒸気機関車が停止、出発を繰り返していた。
アッシュは、その汽車のひとつに乗っていた。
車内は、まるで王族の部屋のように豪華な調度品が並んでいる。
今、汽車は、駅を発し、摩天楼の林立する大都会を突っ切っていく。
ほぼ真横から朝日が車内に降り注ぐ。
コーヒーの湯気がアッシュの鼻先を撫でた。
「アッシュ様、仕掛け武器の整備が終わりました。」
老紳士がアッシュの”血雪”をカートで運んで来た。
アッシュは、労働者が一生かかっても買えないような高級カップに口を着ける。
「……ちょっと呼ぶのが早いんじゃない?」
「アッシュ様は、武器の扱いが乱暴でございますから。
これも狩りに万全を期すための配慮とお考え下さい。」
老紳士は、そう言って微笑んだ。
「それは、どーも。」
アッシュは、カップをテーブルに戻す。
汽車は、反対路線の別の汽車とすれ違った。
景色が灰色の煙で途切れる。
「朝食のご用意を致しております。」
と老紳士がアッシュに声をかけた。
今、アッシュは、刀を鞘から抜いて仕上がりを確かめていた。
極限まで磨き抜かれた美しい刀身は、燐光を放っている。
美しく反った刀は、戦乱の気風を湛えていた。
「………肉ね。」
刃紋を見つめるアッシュがそう答えると老紳士は、頭を下げる。
「もちろんです。」
やおら老紳士が指を鳴らした。
すると隣の車輛から鉄板に乗ったステーキが艦隊を為して運ばれて来た。
ジュウジュウと脂が弾ける音がする。
大好物の注文にも関わらずアッシュは、その肉塊を作業的に口に運ぶ。
まるで苦行を科された様に無表情だ。
ただ黙々と肉をナイフで切り、フォークで口に運ぶ。
一見、どの鉄板も同じステーキに見える。
しかしそれぞれソースが違ったり、マスタードやニンニク、野菜が添えられている。
料理人の細かな工夫だ。
ざっと10kgぐらい肉を平らげるとアッシュは、一休みする。
「…ルシファー。
新しい狩り衣装が欲しい。」
アッシュがそう言うと老紳士は、眉をつりあげた。
「それは、どういったご用向きで?」
「ロビンが喜ぶようなセクシーな奴。
もっとお尻がカッコ良く見える感じで。
あとマントも着けて。」
アッシュは、そう言うと景色に目をやった。
汽車は、大都市を囲む環状路線を走っているらしい。
今、朝日は、反対側に見える。
「ご希望に沿えるか分かりませんが職人に手配させます。
…マントは、どのような?」
老紳士は、怪訝に目を細くした。
アッシュは、身振りで説明する。
「えーっと。
こう……こんな感じで肩から下がってる奴。」
「マントは、たいてい肩から下がっております。」
「だああッ!
じゃなくてー左肩にだけついてて…。
こう……胸の前に来てる…あれだよ!」
アッシュが何度か手で説明すると老紳士は、合点がいったらしい。
「ははあ。
ペリースですか?」
「そう言う奴で、お願い。」
「畏まりました。」
老紳士は、そう答えるとこの車輛から出て行った。
残ったアッシュは、ウトウトしてソファに凭れる。
満腹になった幸福感の中、自然に瞼が重く、閉じていった。