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ヘムヨックを守る者




「今度は、こっち?」


山道の途中、ルーフレッドがアッシュに訊く。

アッシュは、地図をひっくり返しながら調べていた。


「あわわ…。

 ちょっと待っててくれよ。」


そもそもアッシュに地図を持たせたのが間違いだろう。

だがルーフレッドには、アッシュから地図を取り上げる度胸がない。


「もう、俺にも見せてよ。」


ルーフレッドは、呆れて座り込んだ。


辺りは、深い霧と切り立った崖。

ここまで数m毎に渓谷と吊り橋が繰り返されている。

その前は、山を登り、谷に降るのを繰り返した。


あるいは、同じ場所を通っているのかも知れなかった。


マルカスターから直線距離で()()()()12km(8マイル)が聞いて笑う。

その道のなんと険しいことか。


「ちっくしょう。

 ロビンもジルもいない時に限って面倒な指令を受けたなぁ…。」


アッシュは、地図を上着にしまう。

三角帽子を被り直し、両手に武器を握る。


「ヘムヨック村は、こっちだ!

 もう、間違いない!

 きっと間違いないぞ!」


「本当かなぁ~。」


ルーフレッドは、溜息を吐いてアッシュに続く。


「………ヴェロニカと来れば良かった…。」


しかし後悔先に立たずだ。

ルーフレッドは、先を歩くアッシュに着いて行く。


マルカスターで透明な獣を狩った直後に騎士団オーダーから指令を受けた。

近い位置の狩人に連続で指令が届くのは、別に珍しい事ではない。

とはいえ休みなしだ。


三人で行動してたのが悪かったのか。

どっちにしても楽な仕事ではない。

その上、この山歩きだ。


「この山の中に獣とかいないだろうな?」


ルーフレッドは、岩山を睨む。

険しい山道で身を隠す事は出来そうだが。

この辺り、斜面に生えているのは、背の低い草と木しかない。


正真正銘の獣、小動物さえいない。

獣化した人間は、こんな場所に隠れ棲むと考え難い。


そもそも人間は、かなり食べる動物だ。

獣が街に住むのは、餌が容易に確保できるからに他ならない。

故に狩人も当てなく獣を探さなくても良い訳だ。


しかし険しい山に順応している人間もいる。

本物の動物にはない知恵や技術を人間は、習得することもできる。

ならば動物が住まない山奥にも獣は、隠れ得るのだ。


その可能性は、低くとも常にゼロではない。


だが、ハッキリ言ってそんな獣を狩る指令を捜索が苦手な狩人に振らない。

ルーフレッドの取り越し苦労というものだろう。

騎士団もそこまで暇ではない。


「……なんか気配を感じない?」


アッシュがそういった。

唐突に声を掛けられ、ルーフレッドも驚いた。


「ええっ?

 …でもお前、獣の気配を辿るのは、苦手だって…。」


いや。

確かに獣の気配だ。

余りのことにルーフレッドも驚く。


こんなにハッキリと獣の気配がするものか?

はじめての経験だ。


二人は、その気配を辿る。

やがて目的のヘムヨック村が見えて来た。


「うわ!

 すっげえ、ヘムヨックに着いた!」


アッシュは、満面の笑みで喜ぶ。


「なんか普通の狩人になったみたい!」


「はは……そうだね。

 普通の狩人は、普通に獣の気配を辿れるからね。」


とルーフレッドは、苦笑いした。

ここまで疲れて来たし、いい加減に限界だ。


事前に聞いた通り、怪しげな飾りが並んでいる。

不吉な祠に陰気なシンボルマーク、時代錯誤の家屋。

ヘムヨック村で間違いないだろう。


「看板も何もないけど…。

 ここは、間違いなく邪教の村で間違いないよな?」


アッシュが鼻を鳴らし、武器を握りしめた。

ルーフレッドも胸を反らせる。


「ああ。

 ヘムヨックに行ったこともないから失礼だろうけど。

 これでヘムヨック村じゃなかったらビックリだよ。」


二人は、集落に入っていった。

邪教の秘密にまみえることになるとは、まだ知らずに。




ここまで獣の気配に導かれて来た。

だが村の中には、人の気配がない。


「みんな死んだのかな。」


アッシュがいった。


別段、不思議な話ではない。

鉄道や自動車が発達する以前なら村が忽然と滅びるのは、良くある話だ。


岩肌を晒すローグランコ高原のど真ん中に、この村はある。

ヘムヨックのように閉ざされた場所に危機が迫れば破滅は、時間の問題。

むしろこれまで存続していたのがおかしいぐらいだ。


聞くところでは、村人の買い出しが半年も途絶えているという。

もう異変が起きてかなりの時間が経っている。


「とりあえず休もう。」


ルーフレッドは、その場で倒れ込んだ。


「おい、倒れるな!」


アッシュがルーフレッドの腕をひっぱった。


ここには、宿もなければ頼れる誰かも居ない。

その場で寝転んでいたら寝床と食べ物が現れたりはしないのだ。


「やだよ~。

 疲れたって言ってるじゃないか。」


「ふざけんなよ!」


アッシュは、無理矢理、ルーフレッドを起こす。

しかし起こしたところでどうする?


「まだ何か食べるものあるかも。」


アッシュは、そういって農家に近づいて行く。

その途中で足を止めて振り返った。


「おおい!

 着いて来てくれよ!!」


アッシュは、ルーフレッドに怒鳴った。

ルーフレッドは、別の家を調べようとしていた。


「別々に探した方が効率が良いじゃない。」


「こ、怖いだろ!?」


「……ええっ?」


ルーフレッドは、呆れた。

獣が怖いなど狩人の言葉ではない。


二人が馬鹿なことをやっていると獣が近づいて来た。

並みの狩人なら、もっと早く接近に気付いただろう。


「すわっ。」


アッシュは、素早く腰の刀に手を伸ばす。

東方の日丿元(ひのもと)より持ち込まれた”血雪ちそそぎ”だ。


この刀は、溶けることのない雪、雪鋼きよはがねから鍛造された。

───あるいは雪刃鉄ゆきはがねと書く

冷気を纏う刀身は、獣に凍傷を与え、肉を腐らせる。


二人に襲い掛かった獣は、二足歩行の犬といった感じの姿をしていた。

服を着ているのは、この村の住人だからだろう。


「下の下って感じだな。」


犬人間を瞬く間に20人ばかり片付けてアッシュは、そう呟いた。


素早い身のこなし。

野生の本能で敵の動きに対する反応は、天才的。

アッシュは、戦いだけなら超一級の狩人に評価されるだろう。


その隣でルーフレッドは、ケーンで獣の顎を跳ね上げる。

アッシュと比べて動きが硬い。


慎重に、慎重に獣と格闘する。

素質は光るものがあるようだが彼は、あまりに臆病過ぎた。


とはいえだからこそアッシュの失敗をカバーできるのだろう。

ルーフレッドがいなければ幾らアッシュでもこの数相手は苦戦するはずだ。


「トロくせえな!」


それも知らずにアッシュは、イライラしている。

今も彼の隙を突こうとした獣をルーフレッドが払い除けたところだ。


「もっと獣の前に飛び込むンだよッ!」


そういってアッシュは、獣を次々に仕留めていく。

まるで血の突風だ。


無謀なアッシュのいうことも一理ある。

狩人には、たいていの負傷を回復させる()()()が配られている。

《星界の智慧》を独占する宿礼院ホスピタルが精製した特別な血液製剤だ。


普通の人間のように戦っていては、怪異に立ち向かうことはできないのだ。


「アッシュは、見てて冷や冷やする。」


ルーフレッドがうんざりした様子で吐き捨てた。

アッシュは、気持ちよく戦っているがルーフレッドの援護がなければ死んでいる。


「慎重を通り越してオメーは、臆病だぞ。」


獣を片付け終えてアッシュが言った。

ルーフレッドは、バツが悪そうにしている。


「アッシュは、考えなさすぎるよ。

 僕が援護してなければやられてた。」


「ああ?

 仲間が居るんだから援護をアテにするのは、当たり前だろ?」


アッシュにそう言われてルーフレッドは、両手を広げた。

降参だ。


「君は正しいよ、アッシュ。」


「うわあっ!!」


アッシュが矢庭やにわに叫んだ。


「なにっ!?」


ルーフレッドも素早く身構える。


矢だ。

アッシュの前に矢が飛んで来たのだ。

それを咄嗟に避ける運動神経は、流石と言える。


「気を着けろ、ルーフレッド!

 矢が飛んで来たぜっ!」


しかしルーフレッドは、とっくに物陰に隠れていた。


「逃げ足は速いな!」


アッシュも身を隠しながらルーフレッドにいった。

返事はない。


「無視かよ!

 おいッ!!」


またアッシュは、怒鳴った。

だがルーフレッドにしてみれば冗談じゃない。


(隠れてるのに大声で…!)


ルーフレッドは、矢が飛んできた方向を目線で追う。


「あいつだ!」


ルーフレッドは、指差す。

アッシュが物陰から顔を出すと長弓を構えている人影があった。

薄汚れた納屋の上、悪魔の息子のような男が立っている。


「ありゃ、アジャジョじゃないか?

 コナの狩人の!」


アッシュは、人影を睨んでそう言った。

呪いの品を首から下げた異邦人が長弓を構えている。


「夢に飲まれたか…。」


アッシュは、そういって納屋に向かって走る。

途中、矢がアッシュをかすめるが一気に突っ走った。

やはり戦闘となると頼もしい男だ。


「よっと!」


矢を躱してアッシュは、素早く納屋の屋根に上がる。


アジャジョもコナで作られた長剣に持ち替えた。

しかしアッシュの方が速く、そして強い。


「うっし…!」


先手必勝である。

アッシュは、獣狩りの銃でアジャジョを撃った。

獣同様、狩人にも水銀弾は効果がある。


しかし例のごとくコナの戦化粧で傷は回復してしまう。

だがアッシュの狙いは、アジャジョの動きを止めることだ。


狩人の踏み出し(ステップ)で10mの距離を一瞬で縮める。

アジャジョの背後を取って遠慮なく獣狩りの直剣で貫く。

剣の先端がアジャジョの胸から飛び出した。


「があ…ううっぐ!」


幾ら回復しようとも刃が刺さっていては回復できない。

アッシュは、十分に出血を見届けて納屋からアジャジョを突き落とす。

同業者でも、まったく遠慮はない。


「うわっ。」


ルーフレッドは、落ちてきたアジャジョにビックリする。

しかしその上でアッシュは、アジャジョの頭を銃撃した。

念には念を、だ。


「…ああ~あ。

 ねえ、狩人を狂わせる敵ってこと!?」


ルーフレッドは、アッシュに向かって大声で訊ねる。

しかし満足な答えは、帰って来ない。


「なんでそんなこと分かるの!?」


ルーフレッドは、困ったように顔をしかめる。


「いや、だって…。

 アジャジョがおかしくなったのは、獣に何かされたんじゃないの?」


「狩人がまともな訳ないじゃないか!

 何言ってんだ、テメー。」


(何言ってんだは、こっちの台詞だよ。)


とルーフレッドは、両手を腰に着いた。

だが、アッシュのいう通りかも知れない。


「……君の言う通りだ。

 狩人がおかしくなったからって獣のせいとは限らないね。」


そう言ってルーフレッドは、溜め息を吐いた。

アッシュは、納屋の屋根から飛び降りる。


「お前、大丈夫か?

 いつ俺が襲って来てもおかしくないんだぜ?」


「…嫌な前振りは止めてよ。」


ルーフレッドは、そう言って手を振った。

だがこの件は、ヴェロニカにも釘を刺された。


今日こんにち、獣狩りが騎士団オーダーに組織化されようとも、狩人仲間を頼ることは賢明ではない。

獣よりも恐ろしいのは、血に酔った狩人なのだから。


ヴェロニカとルーフレッドは、同棲していても牢屋のような部屋で休む。

何かあった時、お互いに殺し合うなど考えたくない。


「まあ、そン時ゃ遠慮なくやれよ。」


アッシュは、そう言って銃に水銀弾を装填し、ホルスターに戻した。


「………やだな。」


ルーフレッドは、身震いした。




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