ヘムヨック村
アジャジョは、ヘムヨックへの道を歩いていた。
8マイルの山道を平然と踏破していく。
この男は、馬車馬よりもタフな足をしている。
陰気な山道で瘠せた野良犬が彼の前に躍り出る。
犬は、哀れむような顔で話しかけて来た。
「ああ、あんた。
この先に怖い村があるよ。
引き返しな。」
瘠せた野良犬にアジャジョは、答えた。
「俺は、その村に用事があっていくんだ。
とっとと失せないと食っちまうぞ。」
そうアジャジョが凄むと野良犬は、禿た斜面を逃げていった。
またしばらくアジャジョが歩いて行くと石柱吊るされた女が話しかけて来た。
先史時代の遺跡だ。
女は、全身の皮を剥がれており言葉に尽くせぬ苦痛を味わっただろう。
蛆虫の湧いた皮膚のない赤黒い顔から、くぐもった声をようやく絞る。
「ああ、ああ、あんた……。
この先に悪魔みたいな村人がいっぱいいるよ。
引き返した方がいいよ。」
吊るされた女にアジャジョが答える。
「マラが欲しけりゃ降りて来い。
犯してやるぞ。」
アジャジョがそうやって睨むと女は、涙を流して顔を背けた。
まだまだアジャジョが歩いて行くと赤ん坊の死体が山のように積まれている。
そこで穴を掘る老人がアジャジョに言った。
「おー、どっから来なすったね。」
「お前に関係あるのか?」
とアジャジョが凄んだ。
老人の右目には、杭が刺さっていて後頭部に突き抜けている。
老人は、苦笑いしていった。
「あっあっあっ…。
いやあ、挨拶みたいなモンだよ。
答えておくれよ。」
「マルカスター。」
アジャジョは、短く答える。
すると老人は、作業する手を止めて話したそうに向き直る。
「ここから先は、ヘムヨック村しかないよォ。
何にもない村だからねえ。
あんた、道を間違えてやせんかい?」
「…村の者か?」
「ああ、そうだよ。」
そう老人が答えると足を止めたアジャジョは、老人に訊ねる。
「獣が出たな?
…騎士団から要請があって来た。
なぜ隠してる?」
アジャジョの言葉に老人は、一瞬、表情を強張らせる。
そして老人特有のいい加減さで話題を変える。
「ああ、あんたは狩人様なんだねえ。
ワシは、子供の頃に見たことがあるよ。
あれは…。」
老人の話を中断させるように投げナイフが飛ぶ。
アジャジョの放った小さな刃は、正確に老人の使い古した人差し指を切り落とした。
「ぎゃッ!?
グああ…ああ、あああ~~~!?」
老人が背中を丸めて苦しがった。
右目を貫いている杭が地面に落ちる。
蛆と脳ミソと血が、ばーっと広がった。
「死人のくせに大層に痛がるな。」
アジャジョは、そう言って老人の首根っこを掴む。
「答えろ。
獣がヘムヨックに出たことは、知っているのか?
どうして村人は、報せない。」
アジャジョがそういって老人を詰問する。
だが老人は、悲鳴を上げているだけだ。
一向に答える気配がない。
そこでアジャジョは、老人を赤ん坊たちの死体の隣へ押し倒した。
続いて老人の持っているスコップを奪う。
そして無慈悲に老人の靴の上に突き立てた。
「ぎゃああああ!!
ああああ!!!
ああああ!!!」
靴の中で老人の足の指は、5本とも切断されているだろう。
アジャジョは、冷たい口調で尋問を続ける。
「知らないのか?」
返事はない。
アジャジョは、スコップを投げ捨てて老人の顔を覗き込む。
くしゃくしゃになった老人は、悲鳴と共に白状した。
「む、村は…司祭様が取り仕切ってるんだァ。
もう、止めてくれ。」
老人が話し出すとアジャジョは、鼻を鳴らす。
「ああ…あああ…。
クロルム様を祀ってる私らが獣になるはずがない…。
村から…獣なんか出ちゃアならないんじゃあ。
だから誰も獣なんか認めやせん。
頼む、ワシが話したことは誰にも…。
いい、いぎい…があああ…。」
アジャジョは、老人をそのままにして不愉快そうに立ち去った。
「ひ、ひい……。
ああ、地獄に落ちちまう………。
…か、狩人さえ、来なけりゃ…。」
そう泣きながら老人は、地面を掻きむしった。
悪魔の倅のような恰好の狩人は、ヘムヨックの人々も驚かせた。
アジャジョは、貧相な村の小径を歩いて行った。
見渡す限り中世のままだ。
どこもかしこも絵本に出てくるような家が並んでいる。
もちろんどれも古惚けて黒くくすんではいたが。
「おい、獣を知らないか?」
アジャジョは、見つけた村人を片っ端から詰問した。
そして答えなければ平然と暴行するのだ。
多くの場合、狩人は獣の痕跡を追う。
しかし探偵のように地面を観察したり注意深く訊き込むばかりではない。
こういう強引な狩人も結構、いるものだ。
却って協力を得られないことがあり、あまり賢明ではない。
しかしアジャジョにとって後先より速やかに解決することが優先された。
「ら、乱暴はやめてくれ…。
本当に知らないんだ。」
異邦人に締め上げられた村人は、涙ぐんで許しを請う。
だがアジャジョは、まるで手を緩めない。
「どうせお前らは、異端者なんだ。
好きなだけ痛めつけられるんだぞ。
さっさと知ってることを話して貰おうか?」
「………ああ、あああ。
獣って何なんだ?
急にいきなり、酷いじゃないかァ…。」
村人は、そういってすすり泣いた。
獣を知らない?
この話を聞いたアジャジョは、村人を突き飛ばす。
「おい、ブチ殺されたくなけりゃ正直に答えろ。
お前らは、狩人や獣について知らないのか?」
「りょ、猟師ならこの村にもいる…。」
話にならない。
アジャジョは、捕まえた村人を解放する。
「ひいっ!」
逃げ出そうとする村人に吐き捨てるようにアジャジョは、命じた。
「他の村人も集めろ。
全員、痛めつけるのは、手間だからな…ッ!」
アジャジョは、そういって仁王立ちになる。
まあ、あの村人なんか充てに出来ないが…。
それにしても驚いた。
獣狩りの狩人や獣、騎士団について本当に知らないらしい。
あの村人の目は、嘘は着いていない。
「…外界から隔絶された異端の集落か。」
そこら辺に奇妙な聖印が見える。
何やら縦棒に横棒をくっ付けた簡素な物だ。
聖ウルス教の物に比べれば、惨めなほど貧弱だ。
まあ、アジャジョは、ウルス教信者ではない。
だから本来、異端など、どうでもいいハズだ。
そんな彼でもこの村の有り様には、ゾッとした。
文明や科学を拒絶した中世のままの暮らし。
ぬかるんだ道や時代錯誤の集落は、現実の物かと疑いたくなる。
半日も歩けば50m近い大廈が建ち、蒸気機関四輪車が走る街がある。
人々は、世界中から集められた宝石と生地で作られた服で着飾っている。
世界帝国の豊かな暮らしだ。
ここにあるのは、村を支配する司祭と呪い、例の列柱遺跡だ。
小1時間ほどすると村人たちが集まって来た。
もちろんアジャジョと話をするためではない。
彼らは、武器になるものを掻き集めて来たのだ。
「余所者だ!」
そう先頭の男が叫んだ。
縒れた汚い古着をそろって纏った貧弱な村人が顔を揃えている。
「頭のイカレた流れ者め。
膾にしてやる!」
「容赦しちゃならねえっ。
後悔させてやる。」
「まず指を一本ずつ圧し折ってやる。
楽に死なせちゃならねえぞっ!!」
ズドン。
アジャジョの獣狩りの銃が火を噴いた。
村人の一人が胸を抑えて倒れる。
「お前たちの中に獣がいるハズだ!」
コナの狩人、アジャジョが怒鳴った。
村人たちの顔が硬直する。
さっきまでの威勢は、あっという間に消し飛んだ。
「この中に家族が姿を消した奴がいるだろう!?
村で行方不明になった奴が必ずいるハズだ!!
隠し立てすると今以上の人死にを出すぞッ!」
返答はない。
しかし老人たちが数名、前に出る。
「あ、あんたは狩人なのか?
獣狩りの狩人なのか?」
年嵩の連中には、どうやら外の事情を知っている人間がいるらしい。
アジャジョが向き直って質問を重ねる。
「分かっているなら獣について話せ。」
「獣なら勝手に探しておくれ。
村人は、見ての通り協力する気はない。
邪魔する者が出たら勝手に殺すが良い。」
村の有力者らしい男は、ここに集まった村人に向き直って怒鳴った。
「いいか!
この余所者に要らぬことを話したら地獄に落ちるぞ!!
話した者を庇い立てした者もド。」
アジャジョが喚く男の首を捩じ切った。
鈍い音がして脛骨が折れ、男は、倒れる。
アジャジョは、改めて村人に向かって話した。
「お前らの宗教がどういう教えかは知らん。
だが最近、姿を見せん奴がいれば獣という化け物になっている。
俺に正直に話さないと獣がお前らを殺すぞ!?」
待っても返事はなかった。
やはり協力は、期待できそうにない。
アジャジョは、もう村人を相手にすることを止めた。