ドミエラ・サタ
夢を見ていた。
遠い遠い夢。
「おはようドミエラ。 私がお母さんよ。 あっちで泣いているのはお父さん」
「ドミエラ良かった! 無事に産まれて!」
「あう」
父と母の声を聞いてドミエラは産声を上げた。
ドミエラは父と母が自分に掛けられた言葉を全て覚えている。
それがとても心地よくて心をどこまでも満たしてくれていた。
「ねぇあの子全然武術上手くないね」
「あいつ魔法覚えんの遅すぎ!」
五歳になるちょっと前にサタ族の子供達と一緒に武術と魔法の鍛錬を積んだがドミエラは要領は良くなかった。
言葉の発音も他の同年代の子供と比べて五歳の頃にやっと言語や言葉の意味を理解したし、計算や武術に魔法に関しても四歳である程度他の子は出来るのに対してドミエラはあまり出来なかった。
「……お父さん。 お母さん私ダメな子なのかな?」
自身に笑顔と愛情を向けてくれた父と母に対してドミエラは罪悪感を覚えた。
「そんな事ない。 ドミエラはいい子だ。 これから少しずつ成長すればいいお前はお前だ」
「そうよドミエラ」
「うん分かった」
父と母の言葉を信じた。
何せ父と母の言葉は優しくてとても愛に溢れていたのだから。
五歳になったある日だった。
「……お父さん? お母さん? 長老様?」
「……ドミエラか。 お前の父と母はサタ族の不穏分子だ。 修羅たるサタ族に情など不要」
そこには血塗られた薙刀を持った長老と父と母の死体があった。
「……長老様何故父と母を殺したのですか?」
「何度も言わせるな。 お前達こいつに教育を叩き込め」
「「はい」」
「や、やめて! 嫌だ! お父さん! お母さん! 助けて!」
その日からドミエラはボロボになるまで鍛錬に明け暮れた。
魔獣の討伐で死にかけ、失敗すれば毒を飲まさせて死にかけ、同年代の少年少女達と殺し合い寸前までの決闘を行ったりして辛かった。
「……死にたい」
そんな生活を一ヶ月もしてドミエラの精神はボロボロになって里を抜け出し、ヴァレスト帝国に近い崖から飛び降りて自殺をした。
「うぁ」
全身から血が出て不思議と幸せな気持ちになった。
これでやっと父と母の元に行けるそう思った。
刃物での切断などはサタ族特有の再生能力ですぐ傷が塞がってしまうので意味がない。
だからこそドミエラは崖からの飛び降り自殺を図った。
意識が遠のいていくのが分かる。
「っ! 兄さん! 大変子供が死にかけてる!」
「本当かい!? リンシア!」
声が聞こえだがドミエラにはどうでも良かった。
ただ死の幸福を感じながらドミエラは意識を手放した。
「うっ!」
思わず全身に痛みが走ってドミエラは飛び起きた。
「良かった無事だったんだね!」
「心配したのよ!」
「え、エルフ?」
産まれて初めてエルフという存在をドミエラは見た。
二人とも金髪に緑の瞳をしていて美形であった。
「良かった。 死にかけていたんだよ君」
「見た感じ奴隷だったのかしら? ボロボロだったわよ?」
「……なんで! 死なせてくれなかったの!? あのまま死んでいたらお父さんとお母さんに会えたのに!」
ドミエラは体の激痛を無視して吠えた。
怒りが心の中に渦巻いている。
幸福で死ねると思ったら痛みによる不幸がまた自分を襲うのだと思うとドミエラはいても経っていられなかった。
「うおっびっくりした」
「……うるさいわねガキ」
男のエルフは耳を塞ぎ、シスターの服を着たエルフはドミエラに近付いてきた。
「うっ!」
「ガタガタ抜かしてんじゃねーよ! 子供は幸せそうにご飯食って寝てああ幸せだったって言えばいんだよ!」
ドミエラの両頬を挟んでシスターのエルフが怒号を叫んだ。
「……リンシアそ、そのぅそこら辺にしておいたら? その子も辛そうだし」
「……兄さんは黙ってて?」
「はい」
シスターのエルフが笑顔を向けると男エルフは黙った。
「……な、何を言っているの? あなた」
ドミエラは戸惑いを覚えた。
いきなり怒りの感情を向けて叫ばれると思わなかったからだ。
「……全くレイメル姉さんだったら貴方を五回ぐらい殴ってますね……いや一回殺気当てて死の恐怖を与えるか?」
そう言いながらシスターのエルフが顎に手を当てながら首を捻る。
「……私があなたを死なせませんから。 もし死のうとしたら百億倍生きるのが幸せだって思わせてやるから」
「ひっ!」
ドミエラは向けられる笑顔の中にある殺気に恐怖して全身を跳ね上がらせた。
「兄さんこの子私が教育を施します」
「……お手柔らかにね? リンシア」
「兄さんこそ甘やかさないで下さいね?」
ドミエラはこうして二年間シスターのエルフリンシアとその兄ディアと暮らし始めた。
体が治った頃にはディアの娘であるアウラと義理の娘のミエルと出会った。
二人とも可愛い子だなとドミエラは思った。
「見ろうちの自慢の娘達だ!」
「……兄さんさっさと結界の調整してください」
「わ、分かっているよ! リンシア今行く!」
リンシアの兄ディアはお人よしだがとても優しく、賢かった。
ドミエラが何故魔法を覚えるのに難儀したかも理論的に教えてくれた。
「えーと君の一族サタ族だっけ? レイメルから聞いてはいたけども、本当に紫の髪に赤い瞳をしているんだねびっくり! ああ何故君が魔法が苦手かどうかだったね? それは君は魔法の適性が恐らく一つなだけなんだよ。 色々と魔法使ってみて上手く出来たなぁって思う魔法は一つくらいあるんじゃない?」
そう言われて様々な魔法を使った結果ドミエラ自身は氷の魔法ユターブが得意である事が分かった。
「君は決してダメな子じゃない! うちの娘達と同じく無限大の可能性がある子供さ!」
そう言ってくれたディアが父と母に似ていて魔法を誉めてくれたその日の夜にこっそりとドミエラは泣いた。
「おら! シャキッとするの! ドミエラ! あんたはこれからアウラとミエルのお姉ちゃんなんだからね! 後施設の子供達の面倒を見なさいよね!」
対してリンシアは厳しかった。
掃除、炊事洗濯を一緒にやらされて、孤児院の子供達の世話を押し付けられたりと大変だったが不思議と悪い感じはしなかった。
「……なんで私を助けたの?」
「そりゃあ死にそうになってた時あなたの顔が辛そうだったからよ」
ある日リンシアに質問をしてみるとそんな言葉が返ってきた。
「……私サタ族だよ怖くないの?」
「怖くないわよ。 むしろかっこいいと私は思っているわ」
「……そうなの?」
「……嫌だった?」
リンシアの大雑把な回答にドミエラは困惑したが自分は嫌われていないのだと理解して涙を流した。
「ぐす。 ゔっ!」
「……よしよしあなた大丈夫よ。 ここにはあなたを傷つける者はいないから!」
「うん!」
「そうはさせんぞ。 ドミエラお前は我が一族の駒だ」
「い、嫌。 嫌だ!」
突然抱きしめられたリンシアがサタ族の長老に変わりドミエラは恐怖した。
「お前は無能な一族の子だ。 それを自覚せよ」
「う、うぁぁぁぁぁ!!」
恐怖を感じながらドミエラは体を起こした。
「はぁはぁ」
全身から冷や汗を掻いて息を荒げた。
「……お父さん。 リンシア姉さん。 私、どうしたらいいんだろう?」
そんなドミエラの声は満月の夜に消えっていった。