ひまめいど
「ご主人様、全然来ないね」
なるさんの正直な言葉に、皆黙りこくってしまう。しかし、こんな世界では仕方ないだろう。そもそも人が居ない。遠目に居たと思えばゾンビ、喋ってまともかと思えば化けゾンビ。この世は全て汚染されてしまっている。ここにいるメイドさん達も、人間の理性をあれこれの小細工でなんとか保てているだけであって、彼らも既に人間では無い。この場で完全なる人間といえるのは、この私「blood meido」のキッチン、高橋結菜だけだ。だが、彼らとずっと一緒に居るが、普段は人間と変わりない。暴走したらちゃんとゾンビなんだって分かるけど。
「よし、しあとあめ。お前達でビラ配り行ってこい」
痺れをきらしたらしいりこさんが、ご主人様用の椅子でだらけてるしあさんと、お利口にお掃除しているあめさんを指さした。態度も違っていれば、反応も変わってくる。しあさんは今にもぷちぷちとこめかみに縦筋が入り、あめさんはきょとんとしている。
「えー?だいじよぶ?迷子になって全てを破壊して帰ってこない?」
可愛らしいくまのぬいぐるみを抱えているみこさんがそんな文句を言ってくる。その顔はぬいぐるみとは反対にうげぇ、と顰められていた。
「大丈夫大丈夫。その時は結菜投下するから」
「えぇ?」
さらっと巻き込まないで欲しい。りこさんは、私を便利な道具だのおもちゃだのと思っているのでは無いかと思う。それ程に扱いがいつも雑だ。
「えっと、わたくしはしあ様と御一緒にビラ配りに行ってくればよろしいのですか?」
「誰がこいつなんかと行くか。おいりこ!ビラ配りに行くのは構わねぇ。構わねぇけどなぁ、もうちょいまともな人選をしやがれ!だぁれがこんなアホ面箱入り坊ちゃんと一緒に行くか!」
「えー?んじゃしあは誰なら良いのさ」
「こいつ以外なら誰でも……良くねぇ……!!」
頭をわしゃわしゃと掻きむしり苦悩しまくっているしあさんの肩を悩みの元凶であるあめさんがぽんぽんと軽く叩く。その尋ねに、シアさんは応答した。
「あ?んだよあめ」
「しあ様、わたくし、箱には入っておりません」
綺麗な面で見事なドヤ顔をしてのけるあめさんに、場に居た一同はしんと静まり返った。一瞬何に反応してどういったリアクションだったのかが分からず、私も硬直してしまう。しかし、脳を宇宙の次元まで飛ばし考え込んだ結果、先程の箱入り坊ちゃん、というワードに対しての返しだと思いついた。こういったところが、彼が箱入り坊ちゃんと言われる原因なのだろう。多分これからも一生言われる。
「ぎゃははは!!!はは、はははは!!!あっはははは!!」
皆が固まってる中、1人意味を理解したらしいりこさんが大笑いをかました。そんな面白かったのだろうか。他のメイドさん達、いやそれだけじゃなく私も未だに固まっているのだが。当の本人であるあめさんは、何故こんな状況になっているのか理解が及んでいないと言いたげにこてんと可愛らしく首を傾げた。
「……だーもう!分かった、分かった!行きゃいいんだろ、行きゃあ!」
何か吹っ切れたのか、半ば投げやりそうな声でしあさんがそう言った。
「だがまぁ、条件がある。おいキッチン」
「はい?」
「お前も来い」
「え?」
もう一度言おう。この世界は既に荒廃し、先程のご主人様のようなゾンビが蔓延っている。要するに、
「え、嫌です……」
嫌だ。