お帰りなさいませ、ご主人様
ここは、日々の日常に疲れ果てたご主人様をお待ちする、可愛い女装メイドカフェである。そう、辺りには赤黒いケチャップが飛び散り、物は散乱しているが、ここはメイドカフェである。そんなメイドカフェでは、癒しを求めやってくるご主人様が───
「おい!このオムライス不味いぞ!調理した奴誰だ!!」
来ないじゃん。それに調理したのは私だ。いつもよりよく出来たのもあり、流石に少し凹む。
「え、ごめーんご主人様。そんな怒んないでよ。その卵賞味期限切れてんだから」
「えぇ!?ちょちょちょいなる?何言ってんの?」
目の前を丁度横切ったりこさんが止めに入っているのを目撃する。彼が間に入ったのを見て、ほっと一安心する。やはり、なるさんにホールを歩かせるのは、不安過ぎる。それに何勝手なことを言ってくれてるのだ。賞味期限はまだ過ぎてない。きっと、多分。今月で切れはするけど。
「おいキッチン、手ぇ止まってんぞ」
「うわ、はい!?」
びっくりして恐る恐る振り向けば、しあさんがいかにも機嫌が悪そうに背後に立っていた。いつものことではあるが、ひぃ、と悲鳴をあげて驚いてしまう。それほど、彼は威圧感があり、顔が怖い。
「ちょっとしあっぴ!結菜ちゃんビビっちゃてるじゃーん!女の子にはもっと優しくするの!」
「チッ、ダリィ」
みこさんが私の肩を寄せ、庇ってくれる。しあさんは煩わしそうにどこかへ行ってしまった。別に何かされた訳ではないせいで、罪悪感が湧いてくる。
「あ、ありがとうございます、みこさん。でも、何もされていないので、大丈夫ですよ」
「またそう言って〜。もしまた暴走が起こったらどうすんの?しあっぴ最近多いんだし」
暴走、彼らがかかっている病気の副作用のようなものだ。それと共存出来ている者もいるが、しあさんのようにコントロール出来ていない人もいる。そして、純度100%人間である私は、その暴走を抑えるための薬なのだ。
「もういい!こんな店訴えてやる!」
またホールからご主人様の怒声が聞こえる。その声にびくりと体を震わせる。
「おぉ、いいですよ。訴えるとこあれば、ですけどね」
りこさんがいたずらににやりと笑い、ブラウスの下にしまっているネックレスに手を伸ばす。それを力技で引きちぎれば、ネックレスは形を変え、ショットガンへと変化していく。
「…りこ、判断早い」
「まぁまぁ落ち着きなよなるくん。どうせほぼ黒だから」
「ほぼは真っ黒に値しないと思うけど」
なるさんの言葉を構わず無視してショットガンを構えるりこさんに慄いて、ご主人様は入口の方へと走り、外出しようとする。しかし、それはドアの前に立っていたあめさんによって防がれた。
「ご主人様、まだ帰られては困りますわ」
「ナイスあめ!そのまま押さえとけよ」
りこさんはそう言って、迷いなく引き金に手をかける。正気だろうか。後ろにはあめさんもいるというのに、この短距離でショットガンを抜くというのか。あめさんが丈夫とはいえ、人の心は無いのか。
「目ぇかっぴらけぇ、ご主人様」
バン!!
りこさんは、ショットガンの引き金を迷いなく引き抜いた。ご主人様は灰となり、床を汚した。
「な?ビンゴだったろ?」
「りこ様、痛いです…」
なんて言いながら、あめさんは自身の腹部をさすっている。
「おいおい、頑丈な体して何言ってんだよ。それよりしあ、灰掃除はいいのかー?」
「言われなくてもやる。さっさとどけ」
ほうきとちりとりを両手に持ったしあさんが、裏から顔を出してくる。片付けた灰を、懐から取り出した小瓶に注いでいく。
「…微妙だな。精々回復薬が限度じゃねーか」
「はいはい、ご主人様に文句言わなーい」
りこさんはくるりと振り向き、私に声をかけてくる。
「結菜、何ぼさっとしてんだ?まだ営業中だぞ」
「え?あ、は、はい!」
血生臭い物にも慣れてきたと思っていたが、そんなことはないらしい。嫌な匂いを鼻に纏わせたまま、キッチンへと向かう。
これは、パンデミック災害によって荒廃してしまった現代を生きる、あるメイドカフェの話