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異世界転生物語冒頭のトラックの運転手をスカウトする係

作者: 黒い白クマ

「人を轢いて欲しいんすよね。」

「なにて?????」

『ドアを開けた瞬間言われた意味の分からない勧誘選手権』優勝候補じゃん。

 こういう怪しいヤツおるから覚えのないチャイムに出るなって?いや違うんよ、コンビニ行こうと思ってドア開けたらそこにいたんよコイツ。

 怖ない?ドアを開ける、目が合う、足を突っ込まれたので閉めるに閉められない、一瞬の無言の攻防、そして「人を轢いて欲しいんすよね」。え怖。なっ……なに?

 しかもこの不審者、ハチャメチャ可愛いんだけど。

「トラック……運転出来……ますよね?」

「いや出来ますけど」

「じゃあそれで人轢けますよね?」

「轢けませんけど」

「なんで!?」

「逆になんで????」

 ドア前で待機していた可愛子ちゃん(仮名)がキラッキラのお目目で支離滅裂な発言を続ける。ん?キラッキラ……おいおい泣くなよベソかかれても困る、泣きたいのは俺!

「いやちょっ……俺コンビニ行くんでそこどいて下さいていうか誰ですか」

「神です。」

「アッうち代々空飛ぶスパゲッティ・モンスター教なので他の宗教とかは興味無いです。」

「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教!?」

「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教。」

 もういっその事コンビニ諦めてドア閉めた方がいいなと思って、可愛子ちゃん(仮名)(自称神)の足を蹴り出しにかかる。二十そこそこの細っこい人に見えるのにやけに力が強い。

 可愛子ちゃん(仮名)(自称神)はサンダルだったので、その裸足をおもきし踏みつけてみる。狙い通り可ry(仮名)(自称神)はンギャェアみたいな奇声を上げた。でも意地でも退く気はないらしい。ドアノブをお互い引っ掴んで不毛な争いが起きる。

「ちょちょちょ待ってお話だけでも!頼みます!人を轢いて欲しいだけなんです!」

「怖い怖い怖いなんなんですかマジで」

「えっさっき名乗ったじゃないですか鳥頭ですか?じゃあもっかい名乗りますね、神です!」

「白ティー灰色スエット髪ボッサボササンダルが神だったら世も末でしょ!」

「神じゃなきゃこんなに可愛いわけないでしょ!」

「自意識ぃ!!まぁ顔は可愛いすけど!」

「えへへへ」

「照れんな!」

 ギャンと叫んでから俺はハッと口を閉じた。まずい、これはまずい。この騒ぎがマンション中に響いている可能性がある。

 もし誰か来てこの状況を見たら間違いなく警察を呼んでくれるだろう。それはそれで助かる。でもそんな大事になったらなんか今後肩身が狭くならんか?

「……話を聞けば、帰るわけ?話を聞いた上で断ってもいいんすよね?」

「えっ聞いてくれるんですか!?」

「聞かなきゃ収まらないでしょ貴方。」

 諦めてドアノブから手を離した瞬間、全力で引っ張っていたらしく自称神はンギャェア(再放送)という声と共に吹っ飛んだ。あっ何だこうすりゃ良かったのか!

 バタンとドアを閉じる。ヨシ!

「ちょっとぉおおおおお!マサヤさん!」

 ヨシくなかった。一瞬の沈黙の後ドラムロールばりのノックと共に自称神の叫び声が……え?

「なんで俺の名前知ってんすか!?」

 驚いて思わずドアを開けてしまう。ゴンッと鈍い音がしてドラムロールが止んだ。

「あっ」

 流石にちょい罪悪感があってドアの外を覗く。案の定俺が開けたドアでダメージを食らったのか、額を抑えて呻く自称神が目に入った。

 で。

「新興宗教ならパンフとかあります?もうそれ置いて帰ってくださいよ。」

「違う違う、宗教勧誘じゃないよ。神は君に崇められなくても神なので心配いらない。」

「はぁ。」

 仕方なく部屋に招き入れて、この不審者と向き合っている。や、だってさすがに悪いかなって。人聞きが。俺が怪我させたみたいじゃん。

 決してね、決して自称神の顔が好みだったから……とかではないよ?ちょっと影響したかもしれんけど。それにしても家にあげてやっただけで途端に態度が友達みたいになんの腹立つな。

「神ね、上司から頼まれてトラック運転出来る人探して回ってるんだけど。」

「神の上司って誰だよ」

「神だよ」

「神かぁ。」

 もう話を真面目に聞く気は無かったので、脳死で頷いておく。頷いてから、ここだけ確認しておこうと思って話の腰を折って声を上げた。

「え、神だから俺の名前知ってんの?」

「そうだよ!色々調べたからね。」

 ふふん、と胸を張る自称神。なんかだんだん五歳に見えてきた。見てくれは大人なんだけども。

「名前も家族構成も学歴も職歴もスリーサイズも実家にいる犬があずきちゃんなことも風呂場でほぼ毎日カラオケをしていることも」

「ちょいちょいちょい」

「あっ信じてない?じゃあスリーサイズ言うね、上から、」

「ちょい!!!俺のスリーサイズなんて俺も知らんよ!?!?」

 前言撤回、五歳児じゃねぇ。こんな五歳児は嫌だフリップ芸始まってしまった。普通スリーサイズは言われても合ってるか分からんて。というかその前にとんでもないことを口走ったよこの自称神。

 勘弁して欲しい、ただでさえ最近上司達の穴埋めとかで仕事が大変なんだ。俺の苦しみを増やすな。

「ストーカーの方……?」

「んもう、神だってば!」

「神ならドアとかすり抜けて来れば良かったろ。」

「神そんなこと出来ないよ?神に対する過剰な期待やめてください、神ハラで訴えますよ」

「今裁判したらゼロヒャクで俺が勝つんよ。神だなぁって要素今のところどこにもないよ、ストーカー要素だけよ。」

 真っ当な主張のつもりだったんだけど、自称神は途端にシュンと下を向いてしまった。えっ何?神もしかしてストーカー知らん?

「……神、下っ端の神だから……外で許可なく神っぽいことすると……減給される……」

「えぇ……」

 くっっっそ小さい声でまさかのカミングアウト。嘘か誠かはさておき、神の世界さっきから世知辛い。

「実は技能的にはすり抜けもできる……減給されるけど……あっ人に見られないところならやっていいから、この部屋の中で出来ることなら神っぽいこと出来るよ!やる!?」

 自信を取り戻したのかまたふんすふんすと五歳児ムーブをする神。いややっぱ顔が可愛い〜〜〜実は大人っぽい見た目なだけで近所のガキの遊びだったりせんかな?なら適当行ってやっぱ帰ってもらった方がいいよな。

「じゃあそこのコップここに瞬間移動さしてください。」

「いいよ!」

 立ち上がらないと届かないガラスドア付きの棚の中にあるコップを指さす。めちゃくちゃ良い笑顔で了解して、自称神がエイヤーッ!と叫びながら両手を棚に向けた。

 ポムッ!と軽い音がして目の前にコップが登場した。

 え?

 棚、コップ、ひとつ減ってる。

 目の前、紛れもなく俺ん家のコップ。

 ???

 ……白ティー灰色スエット髪ボッサボサ中身五歳児が?瞬間移動を??マ???

「おぁ……?」

「他もする!?」

「じゃ、じゃあ俺浮かせられますか。」

「いいよ!」

 エイヤーッ、と共に視界がぐおんと動く。

 オワーッ!!!!!!?!?!!?とんっとっ……と!?飛んでる!?ぅいっえっ!?ゑ!????

「死ぬ死ぬ酔う酔う酔う!」

 ワイヤーアクションかなってくらい部屋の中をぐおんぐおん回されて思わず叫んだ。死んじゃうって!

「他もする!?」

 下ろされて床に転がった俺の目の前に、自称神の曇りなき眼が視界いっぱい登場する。エェーーン顔がいい。

「……しない……貴方……神……分かった……」

「良かった!」

 良くない。

 心の中で訴えてから立ち上がる。神(自称)(他称←NEW!)はソワソワしながら俺の方を見て座っているままだ。勘弁してくれ、夢なら覚めたい。

「じゃあ説明続けるね!」

「アッハイ……で神はなんで俺に会いに来たんすか。」

 しかし酔った三半規管が「夢じゃねぇよ!」と全力で訴えてきている。死にたくないので、無力な人間は大人しく神の話を聞く体勢に手のひらを返すことにした。

「神ね、上司から頼まれてトラック運転出来る人探して回ってるんだけど。」

「そこは聞きました。なんでトラックなんすか。」

 聞けば、神はぐっと拳を握りしめた。なんかすげぇ、嫌な予感がする。この神がフンス!ってしてる時大抵ろくな事がない。いやこの神基本ろくな事がないけど。

「異世界に連れて行く勇者が不足してて!」

「は?」

「風呂場とかで事故死すると既存キャラに転生しがちで!」

「は?????」

「やっぱ勇者になるにはトラックで轢かれてくれるのが一番成功率良くて!」

「は????????」

 なにて?既に置いていかれている俺を放って神は説明を続ける。やばい魂が宇宙旅行に繰り出して帰ってこん。

「でもね?運転手は罪には問われないし巻き添えにも細心の注意を払ってるし、夢オチとか『あれ……?確かに人を轢いたはずなのに誰もいない……?』みたいに処理するとはいえ、やっぱ無断でトラックのハンドルを乗っ取るのはコンプラ的にヤバいって上司が言い出してね?」

 神の上司神曰く、異世界に勇者を派遣する為には勇者候補をトラックで轢くのが一番テレポートのトリガーになるものの、人間を轢く人間を勝手に選んでトラウマ植え付けたら可哀想じゃん?とのこと。確かにね、異世界転生あるあると言えばトラック転生だけども。ナルホドワカラン。

「例え神のせいで強制的に人間を轢く羽目になったとしてもその事実はないなるってこと?」

「そだよ。」

「でも記憶は残るから事前通告と同意の獲得をした方がいいかなって?」

「そういうことらしいね。」

 他人事〜。職場の俺じゃん。そこまでふんふんと神の話を聞いた上で、俺はちょっと首を捻った。

「轢かれて転生した人に関してはコンプラ働かないの?それも事前許可とんの?」

「えっ取らないよそれは名誉じゃん」

「やだ思考がとても神」

「神だからね」

「おけ続けて。」

 轢かれる側には事前通告がないのに轢く側には気をつかってるの面白すぎんか。上位存在ぽい発想に理解を放棄して先を促す。ん?あれ待てよ、なんか話見えてきたな。この神、確か出会い頭に俺に、

「で、今回神はマサヤさんに轢く人をやってもらおうと思って来たの。」

 うん言ってたよね!初手「人を轢いて欲しいんすよね。」だったもんね!!

「ナルホド」

「頼める?」

「帰って」

「えぇ!?」

 力が強いとはいえ体格は俺の方がいい。神を羽交い締めにしてそのまま玄関に運ぼうと試みれば神は神で負けてたまるかと暴れる。

「お願い!!!一回頼んだ人『精神衛生上悪いから二回目はちょっと』って皆言うから、もうこの辺りで頼める人貴方しかおらんくて!!!!」

「その誘い文句でいいよって言うと思ったんかドアホ!!!」

「はぁ〜〜〜今アホって言った!?神にアホって言った!?!!?」

 水揚げされたマグロの如く暴れる神vs火事場の馬鹿力の俺。一通り取っ組みあった後どちらともなく床に力尽き、ゼイゼイと息を整える。体力は大人、喧嘩の仕方は小学生って感じ。我ながらダサすぎ。

「とにかくっ、俺はっ、やりませんから!」

 呼吸を整えて立ち上がる。ガバッと顔を上げた神が、おいやめっ、人の足に縋るな!

「そこをなんとか!良いストレス発散になると思って!」

「あんたほんとに神様????神は神でもニャから始まったりSAN値が減ったりする方の方???」

「いいじゃぁあん先っちょだけ!先っちょだけだから!」

「先っちょもクソもあるかダボ!!!!」

 足から神を引き剥がして思わず吼える。もう神の尊厳もクソもない、なんだこの邪神は。

「分かった、分かったよ。君が人を轢きたくないっていうのはよく分かった。寸止めならワンチャンいけない?」

「えっマジでさっきからモブおぢみたいなことしか言ってないけど大丈夫そ?」

 俺のツッコミをシカトして神は居住まいを正した。つられて俺も神の前に座る。

「轢くんじゃない、なんなら君は気が付きすらしないうちにこっちのお仕事を終える。それでどう?マサヤさんはめっちゃいつも通り配達のお仕事してくれればいいから。」

「えっ、それで勇者転送できんの?」

「うん、子どもの勇者候補を停車中の君のトラックの死角に配備して、『あっやばい死ぬかも』ってそのキッズが思った瞬間にワープさせれば実質トラック転生」

「子どもを!異世界に!!送るな!!!」

 キッズに世界背負わせたら可哀想でしょっ!ギャンと叫んだ俺に神はキョトンとした顔を向ける。無垢なキュルキュルお目目だ。

「あれ、マサヤさん異世界転生系ストーリー嗜まないタイプ?勇者大体十八歳以下だよ。」

「現実でくらい成人済みであって欲しかったな!最近は社会人転生も流行ってるでしょ!?」

「異世界、体力が命なので……」

「じゃあ何にも負けそうにないマッチョ連れてってくれや!」

「注文が多いなーっ、マッチョをトラックの死角に入れるの難しいって。」

 まるで俺がわがまま言ってるみたいなリアクションしないで欲しい。大体死角作戦トラックドライバーの心臓に悪すぎるし。

「轢かせる前提で進めんな!ていうかもうそれ聞いた上で俺明日トラック発進出来ないんだけど!?」

「寸止めだってぇ。」

「俺によって現世とサヨナラするには変わりねぇんだろうが!転移ならともかく転生だとこの世界からまるっと消えちゃうでしょ!」

「肉体の死ってそんな重要かなぁ。」

「おぁあぁ……」

 ダメだ、神の価値観強い。お断りだって言ってるだろと頭を抱えるも、神は他に何か策がないかウンウン唸るばかりで一向に帰る気がない。力が強すぎて放り出せないし、ガチで神だったっぽい以上警察を呼ぶ案も使えない今、俺にも打つ手がない。八方塞がりである。

 おかしいな、話聞いた上でお断り可能なんじゃなかったっけ?クーリングオフしたい、まだ契約してないけど。

「だいたいさぁ、今までよく了承取れたな。一回頼んだ人いんでしょ?」

 この辺ってことは同僚も含まれてんのかな、でもまぁこの辺通りさえすればいいのか……とか考えながら聞いてみる。俺くらいしかいないってホントかよ。

「えっ、あいや、まぁ色々。」

「おい濁すな」

「濁してない濁してない」

「目ェ泳ぎまくってんじゃねぇか」

「泳いでない泳いでない!」

 ぐおんぐおん泳ぎまくってる目じゃ何ら説得力がない。なんなら一周してるけど、黒目。

「まさか本当は同意制度が出来た一人目が俺とかいうオチ?」

「それは違うよ!君くらいって言ったのはちょっと盛ったけど!」

「盛ったんじゃねぇか!」

 めそめそすなと肩を掴んで揺らす俺に、神はますますめそめそする。えぇい信用ならん神だな!

「じゃあどうやって了承とったか言ってみ?」

「黙っといてって言われてるんだもぉん!」

「じゃあ俺は絶対やらないからな!帰れ帰れ!」

「うぇー!?神だよ!?断るの!?不敬だよ!!」

「不敬でいいよ、俺空飛ぶスパゲッティ・モンスター教徒だから。」

 断っていいって言ったのお前だろ、と言い捨てて俺はベッドに潜り込んだ。頭から毛布を被って籠城をしていると、くぐもった神の声が近くでする。

「仕方ないな……伝家の宝刀を抜くことにします。」

「神も伝家の宝刀なんか。」

「ものの喩えだからね。」

 俺が毛布から顔を出せば、ベッドサイドに座った神がぐっと親指を立てた。突然のサムズアップとフンス!顔に嫌な予感がする。

「勇者候補を選んでいいよ!」

「……へ?」

「異世界に送る、転生者を選んでいいよ!」

 一瞬発言の意図が分からず俺は首を捻った。え、それはなに、神の疑似体験させてくれる的な?でもやること変わらんし、気持ちあんま変わらんけど。何が伝家の宝刀?結局誰か轢く……ん?誰か轢く?

「轢く人を選べってこと?」

「うん!」

「えっ……ごめん俺の心が汚れているせいかな、それはつまり」

「好きなの轢いていいよ!」

「いや人の心!?!!?」

「人じゃないからね!」

「でしょうけども!」

 パァァって素敵な笑顔すな。おまっ……お前っ……やっぱ邪神じゃねぇか!

「それでワァイ!やるやるぅ!ってなる人いる!?」

「うん、いるいる!だってこの間のカザハラさんは口煩いじょう……あっやべ」

「おい待て今なんつった?」

 ぱっと神が口を両手で覆った。動きまで子どもで可愛いね〜、言うてる場合か。カザハラって俺の同僚やんけ。また遊泳を始めた神の目に思わず頭を抱える。

 あのお局突然蒸発したの異世界転生だったの!?カザハラ何しとん!?!!?おかげで仕事増えたんだぞ、まぁ居心地良くなったけども!

「まぁカザハラお局に嫌われてたからな……え、あいつ変わらずご機嫌で仕事しているけど心臓強すぎない?」

「事が終わったら記憶消しちゃうからね。」

 神が指折りながら、運転手は罪には問われないし、巻き添えにも細心の注意を払ってるし、夢オチか見間違いとして処理するから、と最初に話していたようなことを繰り返す。俺は毛布を取ってベッドの上に座った。

「事前許可も夢になんの?」

「終わったら神のことは丸々忘れるよ。」

「なるほどぉ……」

 ならまぁ、カザハラがウキウキなのもわからんくもないか。嫌いな上司轢く夢くらいならむしろスッキリするかもしれんし、なんか知らんけど嫌いな上司蒸発したらご機嫌にもなる……なるかなぁ?やっぱ心臓強いよアイツ。

「マサヤさんも好きなの轢いていいよ。」

「言い方選んでくんね?」

「好きなの異界に飛ばしていいよ。」

「悪化してない、それ?」

 いやサムズアップじゃねぇのよ。

「いや、嫌だって普通に……殺したいほど嫌いな奴もおらんし。」

「死なない死なない。寸止めするってば。」

 轢かれる!ってビックリしてくれればワープさせられるからと神がウンウン頷く。

「それは最早異世界転移じゃない?」

「この世界には二度と戻ってこないから実質異世界転生。ガワ変わるしね。」

「ガワ?」

「肉体?」

「あぁなるほど……えぇ……こわ……」

 マジで見え隠れする神思考が怖いんよ。この世界で肉体消滅したら実質轢き殺しとるって。

「お断りします。」

「むー……分かった、今日は一旦ひきます。」

 また誘いに来るね、と神が立ち上がって玄関まで駈ける。おう、二度と来んな。塩まいとくぞ。

「じゃあ、またねマサヤさん!」

「おー……」

 ひらひらと手を振り返して閉まるドアを見てから、俺は眉を寄せた。いや、またねじゃねーんだわ、返事しちゃったけど。

 その日は無事コンビニにも行けて、翌日。一晩寝たらなんか、昨日の神は疲れから来た幻覚のような気がしてきた。さすがにね。ラノベの読み過ぎだろ。

 蒸発したお局の事とか、一晩寝てもテーブルの上にあった棚のコップとか、まぁ気になることはいくつかあるけど偶然偶然。

 偶然偶然、だから、そう、今すんげーーーー腹立ってるけどこの上司を異世界に送ることなんて現実には無理なのだ。

「おめーーーが渡した表がそもそも間違ってたんだろうがよォおおおおお……」

 我慢して我慢して、深夜に家に帰ってきてから俺はご近所に配慮した小さい声で枕に顔を突っ込んだまま叫んだ。エーーンやってられない、社会はクソ。

「なんで俺のミスみてぇな感じでそのミスした張本人に怒られなきゃいけねぇの……おまっ……お前じゃん……」

 別に誰に言う訳でもないけど言葉にしないとやっていけない。枕に向かって愚痴を垂れ流す。

「指示通りに動いたじゃん俺は……」

「そうだよねぇ。」

「片道何時間かかったと思ってんだよクソ……」

「向こうは椅子に座ってるだけなのにねぇ。」

「そーだよ。」

「せめて謝ってくれりゃいいのにねぇ。」

「マジでそれ……俺に怒ってもしゃーねーじゃん。」

「あの上司いなかったら仕事もっとスムーズだと思わない?」

「思う……これ3回目だもん俺数えてるから覚えてる……俺じゃない人合わせたらもう片手じゃ足りねぇよ……」

「じゃあ上司飛ばすか、異世界に。」

「飛ばすか……」

 …………うん?

 うん???

「いやー、ありがと!助かる!」

「オワーッ!?邪神!?!!?何時から!?」

「君が帰ってきた時には既にここに座ってたよ!」

「不法侵入!!!!」

「深夜だったから人おらんくて入れた!」

「ウワーッ!!!」

 いつの間にか我が物顔でテーブルの上にちょこんと座っていた神は、相変わらずボサボサ頭の部屋着である。サンダルは玄関に脱いでくるあたり律儀、いや言うとる場合じゃない!

「言質を取りました。」

「クーリングオフします!」

「不可です」

「悪徳商法より悪い!」

 ニコニコ笑う神に俺は頭を抱えてベッドに転がった。人の弱みにつけ込むなんて……!

「上司いなくなったらマサヤさんハッピーになるでしょ?」

「なるけど!」

「即答〜」

 そりゃなるけども!それとこれとは!違うじゃん!戦い終わったボクサーのごとく頭を抱えて燃え尽きた俺を、神が呑気に励ます。

「大丈夫、轢き終わったら忘れるから。」

「なーーーんも大丈夫じゃなぁい……」

 ぺちぺちと肩を叩いてくる神に力なく抗議してみるも、人如きは無力。だって飛ばすって言ったもんね!と握り拳をつくる神は俺のクーリングオフを一晩中シカトし続けた。

「まぁそれも夢よ、夢夢。」

 何をどうしても朝は来る。気がついたらいつも通りの朝を迎えて、部屋から神は消えていた。いやまじで俺相当疲れてんのね、と自己完結して午後出勤に間に合うよう元気に事務所に来て、いつも通りの業務が始まった。

 で、いざ配達とドアを開けて運転席に座った瞬間。

「夢じゃないよ!」

「ェアーーーーーー!」

 元気な俺終了宣告に思わず椅子の上で飛び上がる。まだキーを入れてないので変なところを押す心配はないけど、危ねぇな。

「なっ……えっ……?」

 ドッドッドッと難易度EXのリズムゲーのごとく脈打つ胸をおさえつつ、すっかり見慣れてきた神の顔を見返す。輝く笑顔の神が、どうぞどうぞと運転を促してくる。いやこの流れで発進できるわけないじゃん?

「神は見届けるだけなので!気にせずどぞ!」

「何を見届けるおつもりで!?!!?やだよ、やらねーからな!」

「大丈夫、ふっつーに発進してふっつーに目的地に行ってふっつーに帰ってくればあら不思議!上司がいなくなってるから!」

「いっいま上司はどちらに、」

「まだそのへん、君がアクセルを踏んだ頃に君の死角からあっちに向かって歩いてくる仕様。」

「仕様ってなにィ〜!?!??」

 もう半泣きなんだけど。あまりにもむちゃくちゃが過ぎる。

「てか帰ってよ!ドラレコに1人で話すヤバめの成人が映っちゃうでしょ!」

「大丈夫、ドラレコのここデータ消えるから。」

「消えるんだァ……」

「普通のに書き変わるよ!」

「ホントに神?悪魔組織じゃなくて?」

「神神、安心して発進してね!」

「やだよぉ……」

「いいの?クーリングオフしたら、また書類ミスするアイツとお仕事だよ?」

「ぐっ、」

 神の言葉に思わず変な声が出た。そっれは……そう……なんだけども。

「後輩君また後始末押し付けられちゃうかもよ?あの上司いなかったら別の上司が報告聞いてくれるよ?伝達ミス減るかもよ?」

 そうなんだけども!突然押してダメなら引いてくるじゃん!何!?

「いいの?神帰っちゃっても。他の勇者探してきてもいい?」

 走馬灯みたいに上司の腹立つポイントが過ぎる。うぅ、俺は無力。愚かなり。正直ね……正直ね……うん、轢いていいなら、轢いちゃいたいくらい腹は立ってるんだ!

 ごめんね上司!異世界で英雄になってね!好きでしょ、選ばれし者みてぇな顔すんの!な!

「……行くよ行く行く!俺は行くんだ!幸せな職場のために!」

「そう来なくっちゃ!」

「おっしゃーっ、積年の恨みじゃー!」

 いつも通り、マジでいつも通りの手順を踏んで俺は事務所から出発する。何の手応えもなく進んで、事務所から出、

 まぶっ、いややけに眩しいじゃん今日!

 ……ん?

「…………んん?」

 見間違い、かな?トラックの窓からすごく広大な景色が見える気がするんだけど。

 トラックを止めて、俺は隣でチベスナフェイスをする神のヨレヨレTシャツを引っ掴んだ。

「神?ねぇ神???どうした?俺は普通に走ってれば良かったんじゃなかったの?これ何?ここどこ?」

「ッスーーーーーーあの……」

 残像が見えるレベルに目を泳がせている神に嫌な予感がめちゃくちゃ募る。待て待て待て、聞いてた話と違うぞ。

『ごめ!勇者は無事送れたんだけど、違う世界にトラックぶっ飛ばしちゃった!』

 えっ何、今の。脳に直接ってやつ?

 突然脳裏に響いた明るい声に目を白黒させる俺に、神はすごぉくおずおず口を開いた。

「……上司です……」

「Oh……」

『二人のこと帰す方法探すから、とりまそのこの面倒見といて!マサヤさんはその神にくっついとけば多分何とかなるから!ヨロ!』

 ポップなテンションで去っていった脳裏の声に、俺はもう一回神の方を向く。

「……この場合のコンプラは?」

「…………異世界来られるのは……名誉じゃん?」

 ニコッ。微笑み合ってから、俺は思いっきり息を吸った。

「な訳あるかダボォ!!!!!!」

 やっぱこいつ、悪魔です。唆された俺も俺、だけどさぁ!

 これはちょっとバチの当たり方がダイナミック過ぎるんじゃない!?

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