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紫煙

作者: 花都

 毎週のように貴方は来てくれるけど。きっと私に会いたいからじゃ、ないんでしょうね。

 うっかり舞い上がって合鍵なんか渡したせいで、帰ったら何の連絡もなく居座ってる。それがしょっちゅう。しかもおかえりの一言すらなくて、こんなのおうちデートなんて呼べたものじゃない。もちろん外でのデートも、いつ以来だか。というか、休日でも夜限定のあれをデートって呼べるのか。世間一般に照らすと、だいぶ違う気がする。

 でも一応女の影はない、と思う。女の勘を丸め込むレベルで嘘が上手いなら別だけど。

 それならそれでいいと思ってる。何回別れようって決意したか知れないけど、結局一度も切り出せてさえないんだから。

 

 要するに、そういうこと。

 

 例によって、貴方は肘置きに体をもたれて、慣れた手つきで紙巻き煙草に火をつける。ジッポーの低い音、油が燃える熱い匂い。吐息によく似た、物憂げな紫煙はひどくセクシーで。

 音や匂いまで写真機で切り取れたらって、いつも思う。

 私の最愛の瞬間。


 その煙草が吐き出す細い煙は、重たいくらいの匂いで部屋を白くぼかしていく。斜陽も机も、ここでは輪郭なんてないようなもの。

 私が――私だけが、黒く凝った煙草の匂いをいっぱい溜めてるんだろう。

 どろどろの、真っ黒なアイを。


 好きも愛してるも、欲しい言葉は何でもくれる。抱きしめて、私だけをべとべとに愛してくれる。

 ベッドでだけは。

 一日ひと箱、ふた箱、うちへ来ても煙草ばっかり。泊まって行っても、目が合うのはせいぜい一、二度。話しかけても会話にならない。そのくせ、したい時だけ理想の彼氏。頭のどこかで分かってるのに、そんな時のあの人が好きで好きで堪らない。

 

 憎たらしい煙。毒を吹き込む悪女のくせに、あの人に愛されて。私はぞんざいに飼い繋がれて、あんたは肌身離さず側に置かれる。彼女かどうかもあやふやなまま既読無視なのに、あんたはずーっと一緒にいるのね。

 ずっと同じ銘柄の煙草。ずっと大事に手入れしてるジッポー。それから、適当に選んだ()

 ジッポーだったら、同じ型番でも差し替えたらすぐ気付くでしょうね。透かし彫りの装飾だって、指のところだけつるつるで。

 煙草のストックは切らさないし、毎日何箱も持ち歩いてるヘヴィスモーカー。

 そのくせ女は誰でもいいとか。

 この人、「こだわり」の外側は全部どうでもいいの。私なんてその代表。差し変わってもきっと気付かないわ。じゃなきゃ、あんな完璧に女受けする男が演じられる訳ないから。完璧で、理想的で、こういう馬鹿な女の夢を固めたような態度。気持ち?そんなもの、入ってるわけないでしょう。あからさますぎるわ。

 ねえ、私が私である意味は?


 大ぶりな指輪を嵌めた手が、燃え尽きた煙草を灰皿に押しつける。憎らしいそいつは白煙を吐いて静かになった。

「紫雨」

 名前を呼ばれ、ばちっと目が合う。思わず頷き返してしまう、キレイな表情。

 最悪。

 どうせ、この先は三流映画みたいな下らない展開。

 分かってる。嫌になるほど分かってるけど、ずっとこうやって笑いかけてくれたらって。淡い夢を拒めないで、夜明けと共に絶望して。

 

 どこか紫を含んだ白い煙が、朝霧みたいに部屋を満たす。部屋はすっかり灰色で、壁紙なんて真っ黒だ。

 

 ねえ、気付いてる?その煙は私なの。肺を汚して動脈を刺し、心ノ臓まで蝕んでやる。

 これが愛よ。ちっとも私を大事にしない身勝手な貴方への呪い()。それから、そんな貴方を愛してる、馬鹿な私への(呪い)

 

 好きに私を貪ればいいわ。どうせ貴方じゃ食べ切れやしない。貴方の内側、一番柔らかいところを傷付けて、一生ジュクジュク膿ませてやるから。貴方なんか大っ嫌い。

 それでも私、貴方を愛してる。心の底から愛してるの。

 

 だから、長生きなんてさせてやらない。

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