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乗車②

「波長について質問したかったんですが」


 それがこの女の狙いだったのか、それとも僕の心が勝手に動いたのか、幽霊の笑顔は、彼女とコミュニケーションをとることへの抵抗を僕からいくらか取り除いてしまったらしい。


「なんだ、そっちのことでしたか」


 僕の言葉の意味を彼女が取り違えていたというだけの、他愛もない指摘をしてしまったのは、相手が幽霊だとしてもそれぐらいの会話ならば問題ないだろうと思えてしまったからである。

 それほどに、僕の中の抵抗は取り除かれていた。


「ラジオの電波みたいなものですよ。ダイヤルをひねって、いちばんよく聞こえるところにあわせるじゃないですか」


 ラジオにはほとんど触れたことがない上に、ダイヤル式のラジオなどは見たことしかないけれど、彼女の言わんとしていることはなんとなく分かった。


「わたしが電波で、あなたが受信機の方ですね。波長が合うと、こうしてお話ができるようになったり、わたしの姿がよく見えるようになったりするんです」


 ほら、最初に会ったときよりも親しみやすいでしょう。

 そう言って自分のことを指差すと、幽霊はなぜか自慢するような笑みをつくった。


「じゃあ、僕のダイヤルをいじったっていうことですか」


 素朴な疑問は、もはや軽口じみていた。

 彼女の言うとおり、僕は悔しいほどに親しんでしまっている。


「霊感もない人のダイヤルなんて簡単には動きませんよ。わたしが、あなたにぴったりの波長に合わせたんです。さっき乗せてもらってから、ずっと波長合わせをがんばっていたんですよ」


 僕には霊感がないらしい。

 それなのに、どうして少女の霊は現れたのだろう。

 思い返せば返すほど、やっぱりあの出来事は理不尽だ。


「あ、どうしてわざわざ波長を合わせたんだろう、っていう顔をしてますね」


 本当は、どうしてあの少女の霊が現れたんだろう、という顔だったのだけれど、それを指摘するのは気が引けた。

 彼女が自称幽霊だからではなく、彼女の表情のせいである。

 さあ喋ろうと意気込んでいるところに水をさすのは、相手が誰であろうと気の引けることだ。


 随分と長い間かけっぱなしにしていた気のするエンジンを、ようやく切った。

 彼女を降ろしたらすぐにでも走り去ろうと思っていたけれど、彼女はきっとまだまだ降りようとはしない。


「それは、あなたとこうしてお話をするためです」


「どうして」


 僕がそう聞いたのは、彼女がその言葉を待っているに違いないと思ったからだ。


「ところで、カノジョさんとはうまくいっていますか?」


 質問に対し、質問。

 波長が合っているせいなのだろうか、僕はそれに対し、何も不審がることなく答えていた。


「ぜんぜんうまくいっていませんよ。この間、幽霊に遭遇してからというもの、ほとんど口もきいてくれません」


「ですよね、逃げちゃいましたもんね」


 苦笑混じりに僕が言うと、幽霊も苦笑して言う。

 バックミラー越しに二人で苦笑しあってから、僕は

「知ってるんですか」

 苦笑いをやめた。


「はい、あの子から聞きましたし、それに、見たんですよ、あなたがビンタされるところ」


 この幽霊は、あの少女の霊と知り合いで、しかも僕の振られる現場を見ていたらしい。

 ということはつまり、


「グルだったんですか」


 そういうことなのだろうか。

 半ば確信をもって放たれたその言葉は、その直後に僕を後悔させることとなった。


 僕の後ろに座っているのが本当に幽霊だとして、本当にあの少女の霊と仲間であるのだとしたら、あの夜のことを咎められて、果たしていい気がするだろうか。

 気を悪くするに決まっている。


 僕の後ろに座っているのが本当に幽霊だとして、その幽霊が気を悪くしたら、彼女に背を向けている僕はいったいどうなってしまうのだろうか。


「あの、すみません」


 僕はシートベルトを締めたままで、腰をねじりながら幽霊のいる方へ顔を向けた。


 あの、すみません。

 逃げたのは僕なんですから、あなたがたに非はありませんよね。

 僕の用意した情けなくも潔い言葉たちは、


「失礼ですね」


 むくれた幽霊の顔と向き合った瞬間にぱらぱらと消えていってしまった。


「グルだなんて、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ」


「あ、違うんですか」


「違いますよ。わたし、あの子のいたずらとは、まったく関係ありません」


 幽霊は僕の目を真っ直ぐに見据えて、はきはきとして言った。

 輝きがあるかないかで言えば輝きのない瞳は、それでも清らかに澄んでいるように思えた。


「ですが」


 瞳がくるくると表情を変え、僕のことを探るように瞬く。

 そのせいだろうか、僕は無理な体勢で振り向いたまま、幽霊の瞳に釘づけになってしまっていた。


「幽霊仲間としては、ちょっと責任を感じているんですよ」


 首と腰が辛くなってきて、とうとうシートベルトをはずす。

 僕は助手席と運転席の間から身を乗り出して、血色の悪い顔と正面から向き合った。


「だから責任を取らせてもらおうかな、と思っているのですが……」


 自動販売機の明かりに横顔を照らされた幽霊は、


「どうでしょう」


 にっこりと笑い、悩ましく首を傾けた。

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