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助手席のゆうれいさん①

 幽霊さんと会わなくなってから、数ヶ月が経過した。


 今となっては幽霊さんと笑いあった日々は全て夢の中の出来事だったのではないかと、そう疑うようにすらなっていた。


 なにしろ、あの自動販売機の前で止まることがなくなってから、幽霊さんどころか少女の霊すら出てこないのだ。


 ハルヒコの口からはあれ以来、霊だのとり憑かれているだのといった言葉は出てきていない。

 そのせいで、幽霊さんとの日々は輪をかけて現実感に乏しくなっている。


 チヒロとの仲は、僕が何をするわけでもなく、チヒロが何をするわけでもなく、自然と元通りの関係になっていった。

 再び指輪を渡すところまでを成功させて、今度は何の妨害もなく、無事に僕のプロポーズは成功した。


 だから僕は、久しぶりにこの場所へやって来た。


 助手席にはハルヒコも、チヒロも乗っていない。


 当然、花束なども置いていない。


 車の通りもちらほらと見られる、昼間の一本道。

 ここへ来る直前に赤信号で止まっていたのは、怪異のせいでもなんでもない。


「こんにちは、幽霊さん」


 返事はない。

 期待していたわけでもなかった。

 幸いと周囲に歩行者はおらず、独り言を言っているからといって僕がおかしな目で見られることはなかった。


 自動販売機に小銭を入れる。

 欲しかったのはコーンスープだったのだけれど、季節が違うせいか、ラインナップから外されてしまっている。

 仕方なくオレンジジュースのボタンを押して、取り出し口に手を入れた。

 コーンスープとは違って、冷たい感触。

 そのオレンジジュースを、封も開けずに自動販売機の脇に置いた。


「幽霊さん、あの……」


 一人きりで喋るのに抵抗があるせいで、どうしても小さな声になってしまう。


「チヒロとの、恋人との仲ですが、あれから、うまくいきましたよ」


 どこに向かって喋れば良いのか分からなくて、とりあえず自動販売機に向かって話してみた。

 三日も前に、休日であるこの日と決めてやって来たというのに、いざ実行に移してみると、悲しくなるほどの空しさしか生まれやしない。


「そういうわけだから、安心してください」


 何をどう安心するというのだろう。

 自分で言っていて、もう、何がなんだか分からない。

 それでも言いきった。

 満足感こそないけれど、達成感だけはなんとか得ることができた。


「じゃあ、幽霊さん、さようなら」


 自動販売機に背を向ける。


 僕の背中は、声がかけられるのを待っていたのかも知れない。


 だから実際に声がかけられたとき、僕はほんの少しも驚きはしなかった。


「ちょっとショックだなぁ」


 笑顔を溢れさせそうになりながらも、ごくごく自然に振り向くことができたと思う。


「今の、なんだかお仏壇に報告してるみたいでしたよ。わたし、そんなに死人っていうイメージですか」


 僕は首を横に振ることさえできずに、ゆうれいさん、と呼びかけた。

 会話になっていようとなっていまいと、そんなことはどうだって良い。

 幽霊さんと再会できたのだ。


「まあ、いいです。それより、信号機のあるところまで乗せていってくれませんか」


 さっき置いたばかりのオレンジジュースをぷしゅりと開けて、幽霊さんは僕の了解も得ずに後部座席に乗り込んだ。

 ジュースを零しやしないかと心配になるけれど、そんな野暮な自分は、一度の瞬きのうちに掻き消えてしまった。


「助手席に乗ればいいのに」


 運転席に乗り込みながら、振り向いて笑いかける。

 すると幽霊さんはふわりと笑って、首を傾けた。


「わたしは、後ろでいいんですよ」


 髪の流れる音。

 日中に幽霊さんを見るのは初めてのことだった。

 夜中に見るよりもやわらかく、そのくせ、夜中に見るのと変わらない、青白くやせた顔。


「だってわたしがそこに座ったら、恋人みたいじゃないですか」


 笑ってしまう。

 助手席にはハルヒコだって座るし、他の女性だって座ったことがあるというのに。


 だけどそんなことを指摘するほど、僕が冷静になれるわけもなかった。


「だから、そこにわたしが座るのは、カノジョさんになんだか悪い気がして」

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