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幽霊に花束を②

「だけど」


 笑顔のまま、困ったような笑顔のまま、幽霊さんは首を傾ける。

 ここで、不安の正体が姿を表した。


「ちょっとショックだなぁ」


 冗談でも言うみたいにしてはにかんだ幽霊さんの顔。

 僕のことを傷つけまいとして作られたのであろう表情は、僕に、幽霊さんを傷つけたらしいことをひどく意識させる。


「わたし、死人だって意識されないように、明るくしてるのになぁ」


 手先が、膝がかくかくと震えだした。

 頭の半分が抉り取られてしまったかのように、僕は何も考えられずにいた。

 考えようとしてみたところで、何を考えればいいのかさえ分かりはしなかった。


「そうじゃなくても、わたし、自分のことを死人っぽくないなあって思ってるのに」


 笑って応えれば、それで良いのかも知れない。

 幽霊さんだって、僕に反省していて欲しいわけではないのかも知れない。

 それなのに笑顔を作ることができなかったのは、この場を丸く治めることが僕の目的ではないからだ。


「だけど……生きてる人から見ると、やっぱりわたし、死人ですか?」


 幽霊さんからの質問。

 僕は焦った。

 何も、良い言葉を思いついていない。

 口だけが意味もなく動いた。


 首を傾けたまま、幽霊さんは僕のことを微笑みながら見上げている。

 青白く、やせた顔。

 僕の返答を待っている。


 なんだ、こんな質問、考えるまでもない。


「あの、えっと、ちょっと、からかってみただけですよ。せっかくお花、持って来てくれたのに、意地悪なこと言って、あの、ごめんなさい」


 僕が何も言わないうちから、僕の無言が心配になったのか謝りだす幽霊さん。


 慌てる姿。

 こんな幽霊さんを見て、僕が彼女のことを幽霊だと意識するはずもない。


「幽霊さんのことを、そんな、死人っぽいとか幽霊っぽいとか、そんなふうに見ているわけ、ないじゃないですか」


 街灯の乏しい夜道。

 砂埃で少し汚れた僕の車。

 目を見張る幽霊さん。

 煌々と光る自動販売機。

 車の窓に映った、泣きそうな僕の顔。

 視点が定まらない。

 緊張しているのか怖いのか、暴れたいのか絶叫したいのか、泣きそうなのか笑いたいのか。

 分からない。

 きっと、全て正しい。


 紫色の花が見えて、頭の中が急に静かになった。


「幽霊さんのことを幽霊だとしか思えなかったら、こんなもの、花束なんて、渡しませんよ」


 僕と幽霊さんの間で、ぱりぱりと軽い音がした。

 花束を包んでいるビニールが、幽霊さんの腕に強く抱かれる音だった。


「その花束はお供えなんかじゃない。プレゼントですよ。幽霊さんへの」


 幽霊さんは、驚いている。

 目を見張り、表情をなくして僕のことをじっと見ている。


「つまり、そういうわけですよ。僕は、幽霊さん、あなたのことが、どうしようもなく、女性として気になるんです」


 こんなに一方的で情けない告白は、今までにしたことがなかった。


 もはや自分の心音すら聞こえないほど、僕の心は昂ぶっている。

 今の僕の耳は幽霊さんの声を聞くためだけにあり、僕の目は幽霊さんの顔を見るためだけにしか存在しない。


 そんな僕の耳は、間もなく破裂音に近い高音を聞いた。

 僕の目は、一瞬のうちに幽霊さんを見失った。

 痒さと熱さとを持った激しい痛みが顔の芯を刺し、幽霊さんに頬を打たれたのだと気づいたとき、僕は消えてしまいそうになった。


 冷たかった。

 あまりにも冷たいせいで、泣きそうだった。

 幽霊さんの手は、彼女が死人なのだと理解せざるを得ないほど、冷たかった。


「そんなの、だめですよ」


 冷たい手に打たれた熱い頬は、幽霊さんの声に震えて更に痛みを増していく。

 そのせいだろうか、幽霊さんの声が、まるで悲しんでいるかのような震えかたをしていると感じてしまう。


「そんなの、だめですよ。カノジョさんは、どうするんですか」


 何も言えない。

 幽霊さんは、僕とチヒロの仲が元に戻るよう、願ってくれているというのに。


「それに……目を覚ましてくださいよ。わたしは、幽霊なんですよ」


 そんなことはどうでもよかった。

 そんなことが、ここまで来た僕にとって、いったいどれほどの障害になるだろうか。


 強制的に横を向かされていた首を、頬の痛みを吹き飛ばさんばかりの勢いで幽霊さんのいる方へ向き直らせた。


 幽霊さんは、いなかった。

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