友人⑤
ここまで追い詰めておいて、引くときはあまりにもあっけない。
肩透かしを食らったような気分だ。
「だけどな、何かあったら言ってくれよ。おれもチヒロさんも、おまえのことを心配してるんだ」
まったく、きれいに収めてくれたものだ。
「そういえばハルヒコ」
彼の言葉にまともに応えるなどということは、考えただけでもあまりに照れくさかった。
車のドアを開けながら、僕はハルヒコに笑いかけた。
「こんな所まで、きみはいったいどうやってやって来たっていうんだい。見たところ車もないし、まさか歩いて来るような場所だとも思えないけど」
「ああ、それなら、さっき言ってた知り合いのタクシー運転手が、ここまで乗せてきてくれたんだよ」
僕の声に、ハルヒコはにやけて応える。
普段の空気。
「呼べばすぐに迎えに来てくれる。しかも知り合いっていうことで、かなりの割安だ」
「なんだ、せっかくだし家まで送ろうと思ったのに、それなら必要ないね」
「ああ、悪いな」
運転席に座り、ドアを閉める。
キーを回して、ハルヒコに軽く手を振りながらアクセルペダルに足を乗せる。
その足が反射的にブレーキを踏んでいたのは、車のすぐ前に、ハルヒコがいきなり倒れこんだからだ。
「な、何やってるんだよ」
下手をすると轢いていた。
ドアを開けると同時に呼びかけると、立ち上がったハルヒコがぽかんとした顔で
「ああ、いや、すまない」
不思議そうに、つぶやいた。
「なんか、突然、くらっとしてさ」
どうしたんだよ、と聞く前に、呆然としてハルヒコは言った。
どうしたんだよ、と聞かなかったのは、さっきまでハルヒコが立っていたはずの場所に、真っ直ぐに手を伸ばす少女の姿を見たからだ。
ハルヒコは気づいていないらしい。
人を突き倒した直後というような腕の伸ばし方。
少女は笑っていた。
声もなく、肩を揺らしていた。
慌てて車を発進させたのは、その少女が僕のことを見ていたからだ。
溶岩のように真っ赤な血を湛えたその目で。
僕は、
また逃げた。
大切な人を残して。
去り際に見た信号機は、青く点っていた。




