友人④
チヒロとハルヒコとは、僕を経由しての知り合いである。
僕の知らないところで恋人と友人が密談していただなんて、幽霊と密会をする自分を棚に上げるようだけれど、なんだかざわついた気分になってしまう。
ハルヒコの口調のトーンが下がっているのは、そんな僕への後ろめたさからだろうか。
それとも、相談内容を暴露しようとしているという、チヒロへの後ろめたさからだろうか。
「それでさ、その二回とも、幽霊を追い払おうとしたんだってな」
ハルヒコが歩くのを見ていると、僕の脚まで疲れを思い出してしまう。
準備運動のように足首を回してみると、申し訳程度に疲れが治まった。
「言っちゃあ悪いんだけどさ」
ハルヒコの足が止まる。
それまでは意識の外にあった足音が急に頭の中で蘇り、深夜という時間帯の持つ特有の静寂が耳にうるさく響きだす。
「普通、そんなことするかな」
何かを探るように、いつしかハルヒコの目は僕の顔へ真っ直ぐに伸ばされていた。
普通、そんなことはしないだろう。
まるで他人事のようにそう思う。
僕の体から抜け出した何者かが、僕の姿を見下ろしてそう思っているようだった。
普通、そんなことはしないだろう。
少なくとも僕が、そんなことをするはずがない。
自分のことは自分が一番よく分かっているつもりだ。
情けないことだけれど、僕は真正の臆病者である。
「そんな言われ方をされたって、実際にやったんだから仕方ないだろう。名誉を挽回するためには、それが一番だと思ったのさ」
「その発想も分からなくはないけどな。だけどチヒロさん、言ってたぜ。普段のおまえから考えると、そんなことをするとは思えないのにって」
「僕だって、度胸を見せるときは見せるさ」
チヒロがそう思ったのも無理はないだろう。
何しろ最初と幽霊と遭遇したときには、悲鳴をあげながら一人だけ逃げ出したのだ。
それでも、彼女にそうやって思われていたという事実には、身体が押し縮められるような切なさを感じる。
「度胸とか、まあ確かにそういう面もあるけどさ、おれが言いたいのは……チヒロさんが言っていたのは、おまえはそんなに無神経だったっけっていうことだよ」
何と言い返せば良いのか分からなかった。
まず、ハルヒコの言っている意味を正確にとらえるために、僕は頭と時間を使いすぎていた。
そしてそれが、幽霊さんと共に実行した計画へ抱いていた懸念と同じであるということに気づくと、僕は足元がふらつきそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。
「普通、霊が出るって分かっている場所に、二度も続けて恋人を連れて行くかな。怖がりのおまえが霊を追い払おうとしたぐらいだから、どうせ霊が出てくることを前提として、それなりの覚悟を持ってこの道を通ったんだろう」
いつの間にか、様子をうかがうようにたどたどしく話していたはずのハルヒコが、挑戦的で畳みかけるような口調に戻っている。
「おれだって同意見だよ。おまえは臆病者だけど、そのぶん思慮深いやつだろう。なんでそんなことをしたのかなって思ったよ」
思慮深い。
そう思われていたというのは光栄だけれども、この状況では息苦しさしか感じられない。
「そして、おまえがこの場所に通いつめてるって聞けば、怪しいって思うだろうよ。おれは思ったね、霊の影響かって」
霊の影響。
確かにそれはその通りなのだ。
それでも、ハルヒコが思っているのとは絶対に違う。
「とり憑かれては、いないよ」
何と言えば良いのか分からなくて、とりあえずそう言った。
どんな顔をして、どんな声でそう言ったのかは分からない。
自分の耳に聞こえていたはずの自分の言葉は、思い出そうとしてみても既にただの文字列でしかなかった。
ハルヒコはまた表情のない顔をして、僕を眺めながら口をつぐんでいる。
静寂がうるさくてたまらない。
「とり憑かれては、いないよ」
もう一度言ったのは、ハルヒコの返事が欲しかったからだ。
少しの間を置いてハルヒコが息をつくと、僕はどうしようもなく安心した。
「おまえがそう言うんなら、とりあえずは引き下がるよ」




