友人③
僕が何も言い返さずにいると、ハルヒコは言い訳でもするかのように喋りだした。
「知り合いで、この辺りを縄張りにしてる個人タクシーの運転手がいてな、このところ、しょっちゅう同じ車を見かけるって言うんだよ。それも深夜に、だ」
なるほど、それが僕の車だということなのか。
「神主に知り合いがいると思ったら、タクシーの運転手にも知り合いがいるのかい。しかもこの辺りが縄張りだなんて、よくできた話だね」
「おいおい、疑っているのかい。確かにこの辺りが縄張りなのはよくできた偶然だと思うけどな、知り合いが二人いれば、それが神主とタクシーの運転手でもおかしくはないじゃないか」
むっとして言い返すハルヒコ。
僕がおかしな所に突っかかってきたことに苛立っているではなくて、僕に意地の悪い態度をとられたことがつまらないのだろう。
続けてもいいかい、という問いかけに僕が頷くと、ハルヒコは口を尖らせてため息をついた。
「それで……この辺りって、夜になるとほとんど車が通らないだろう。だから、この車は前にも通った、とかいうのはすぐに判るんだそうだ」
つまりは他人に覚えられ、意識されるほど通いつめていたということだ。
「最初のうちはお勤めか何かだと思ってたらしいんだけど、それにしちゃあ帰ってくるのが早い。早ければ三十分ちょっと、長くても二時間かからずに、同じ道を引き返してくる」
幽霊さんと会って話す時間は、翌日の僕の予定によって大きく前後した。
そういえば三十分ほどしか話せなかったこともあるし、二時間近く話し込んで、もうこんな時間だと言いながら帰宅したこともある。
「その話を聞いて、僕までたどり着いたわけかい」
「ああ、車種を聞いたら色まで同じでな、これはもうおまえのことだと思うだろう。それで、様子を見に来てみれば、案の定だ」
「だけど、同じ色の同じ車なんて、何台だってあるだろう。僕が今日、たまたまここを通っただけだとは思わないのかい」
せめてもの抵抗。
案の定だ、だなんて得意げに言われて、はいそうなんです、その車はきっと僕に違いありません、と言ってやるのでは、なんだか悔しいじゃないか。
「言い忘れてたよ、ナンバーまで同じだったって」
にやけ顔。
僕は思わず自分の額を抑えていた。
「ほらな、やっぱり通っていたんだろう」
どうせ、最初からこの切り札は隠しておくつもりだったのだろう。
してやったりという顔が、どうにも憎たらしい。
「さて、もう一度聞くけどな、おまえは夜な夜な、心霊スポットまで来て何をやっていたんだい」
「そんなことは僕の勝手だろう」
まだ抵抗する。
我ながら往生際が悪くて見苦しいとは思うけれど、だからといって幽霊さんのことを話すわけにはいかない。
僕の気持ちを正直に話しても、事実を歪曲させて幽霊さんのことを話しても、どうせろくな流れにならないのだろうから。
「そりゃあ、そうだけどな」
言いながら、こつりこつりと歩きだした。
何事か、と追おうとするも、同じ場所を行き来しているだけだった。
立ったままでいたせいで脚が疲れたのだろう。
「ただ、これだけは聞いておきたいんだけどさ」
歩きながら、ちらりとこちらに目をやる。
「とり憑かれてなんか、いないよな」
ハルヒコの言葉は、どうしてだろう、冷たかった。
口調とか、そういう問題ではない。
触覚的に、冷たく感じたのだ。
「憑かれてって、何に」
分かりきったことを聞き返した。
分かりたくもなかったから聞き返した。
「何って、前に見た女の霊か、おまえがチヒロさんと見たっていう少女の霊だよ」
こんなときに、浮かんできて欲しくないときに、どうしようもなく幽霊さんの顔が思い浮かぶ。
とり憑かれてる。
第三者の言葉は、胸に氷の刃が突き刺さったかのごとく身に沁みた。
とり憑かれているのではないかという僕の不安よりも、とり憑いていないという幽霊さんの主張よりも、ハルヒコの言葉はずっと力を持っているらしい。
「まさか」
だけど、そんなはずはないのだ。
「だったら、安心なんだけどな」
「だいたい、どうしていきなりそういう発想になるんだい」
動揺を隠せなかった。
自分でも、そんなことを尋ねることの意味のなさに気づいていた。
霊の出る場所に通いつめているのならば、そうと疑われても不思議はない、むしろそう疑われて然りじゃないか。
少なくとも、僕はそう思っていた。
僕はそう思っていたのに、ハルヒコは。
「うーん、それなんだけどな」
ハルヒコには、僕が考えた安直な連想ゲームとは別に、とり憑かれているという発想へ向かう確固とした理由があるらしかった。
「おれさ、実はチヒロさんから相談受けてたんだよ」
様子をうかがうように、言いにくそうに。
「おまえさ、おれと幽霊退治に行った後、チヒロさんを乗せてここに来たそうじゃないか。それも二回」




