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幽霊さん③

「コーンスープ、いりませんでしたか」


 たった今思い出したのに違いない幽霊さんの言葉は、彼女が思い出したらしいことを僕の頭にも甦らせた。


「唐突ですね」の代わりに「そういえば」と言い、文句の言葉を考える暇もなくしゃがみこんで、自動販売機の取り出し口から暖かいスチール缶を取り出した。

 口をすぼめながら目を泳がせる幽霊さんは、作為的を絵に描いたようだったのだ。


「冷めてませんか」


 僕が立ち上がると、泳いでいた目は上目遣いに固定され、今度は何やら様子をうかがっているようだ。


「いいえ、熱すぎなくて、ちょうど良い温度ですよ」


 僕がこのコーンスープの温度についてどう思うかが心配で様子をうかがっているのではないのだろう。

 かといって、


「飲みますか」


 僕がコーンスープをくれやしないかと淡い期待を寄せているわけでもあるまい。

 それなのに僕の腕は、缶を握ったまま幽霊さんの方へ差し出されていた。


 あまりにもわざとらしく話題を転換させた幽霊さんに対して、どういう態度をとればよいのか分からなかったのだ。


「あ、やっぱりわたしが勝手に選んだやつ、いりませんでしたか」


「いえ、そんなことは」


 じれったい。


 その顔。

 まさかこのままコーンスープについての話題を展開させたいわけでもないだろうに。

 さっきまでの話題を、完全に終わらせたつもりじゃあないだろうに。


「僕だけ飲むのも悪いじゃないですか。他にリクエストがあるなら、別の何かを買いますよ」


「なるほど、そういうことなら、お供えだと思ってもらっておきます」


 色白の指が、淡黄色を基調とした缶に伸びる。

 手先にひんやりとした空気を感じて握る力を弱めると、まだ充分に温かいコーンスープは、幽霊さんの手中に収まった。


「じゃあ、いただきます」


 ふわりと笑って、プルタブに指をかけて、


「あ、さっきの話ですけど」


 インターバルが終わった。


「幽霊のわたしが、生きてた頃のことを考えてウジウジしても、どうしようもないじゃないですか」


 幽霊さんが缶を口につけると、白い喉が小さく上下する。


「だから、わたしは死ぬ前なんて関係ない、ただの幽霊として生きていくことにしたんですよ」


 白い喉が、今度は何度も大きく上下して、幽霊さんは缶の中を片目で覗きこんだ。 もうほとんど残っていないらしい。

 いい飲みっぷりである。


「それに、生前はこんなふうに呼ばれてたんだよなぁ、って思うと、たまに切なくなっちゃうじゃないですか」


「そういうものですか」


 同意を求めてみせたのは、彼女流の冗談なのだろう。

 幽霊さんのいたずらっぽい笑みは、以前とは違い僕を笑顔にさせた。


「そういうものだから、わたしのことは幽霊さんって、そう呼んでください」

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