反省会part2②
ちらりちらりと、幽霊は様子を伺うように少しずつ頭を上げていく。
振り向いてそれに正面から向き合った僕の顔は、うまい具合に疲れた笑顔を貼りつけているのだろう。
「気を遣ってくれているんですね」
辛そうな笑顔も、僕の目にはたまらなくやわらかかった。
「あなたの気が晴れるにはどうしたらいいか、わたし、ちょっと考えてみたんですよ」
無理に明るく振舞おうとしている姿は、あまりにも健気だ。
僕は、そんな幽霊の言葉に淡からぬ期待を抱いてしまっていた。
いったい何をしてくれるというのだろうか。
僕の心境を知るはずもない幽霊は、悲しそうな笑顔をくらりと傾けた。
頭の動きにあわせて肩口を流れるロングヘアは、もしかすると見えない毛先を持っていて、それを僕の喉に絡めているのかも知れない。
まだ、怖いのだ。
息苦しさの理由に気づいている自分を認めてしまうのが。
「だけど、だめでした。わたしが何をやったって、きっと何一つ役に立てないと思うんです。それどころか、またあなたをがっかりさせてしまいます」
そんなことはない。
まず、僕は今回のことでは何一つがっかりなどしていない。
僕と、彼女の考える僕とでは、そこが決定的に違うのだ。
僕はきっと、幽霊にはもちろん数日前の自分にとってさえ思いもよらないであろう歪みかたをしている。
「だからわたし、もうーー」
それは、
「あなたの前には、現れない方が良いんじゃないかって」
それは嫌だ。
そんなことになれば、それこそ僕は落胆してしまう。
がっかりしてしまう。
「そんな」
急いで声を発した。
そうしなければ、すぐにでもこの健気な幽霊が消えてしまいそうな気がしたから。
「そんなのは、嫌ですよ」
本音を隠す余裕もなかった。
これ以上喋っていれば、僕の歪みは露呈してしまっていただろう。
それにブレーキをかけたのは、なんでもないたった一回の呼吸だった。
言葉の途中に挟んだ息継ぎが、その短い時間の間に僕のことを冷静にさせてくれたのである。
「いや?」
必死で考えた。
嫌ですよ、の後に続く自然な言葉を。
「ええ、嫌ですよ。そんな理由で、そんな顔をされてさようならだなんて、それじゃあ僕の気分が良くないですよ。申し訳ない気持ちになるじゃないですか」
呼吸二つ分の間に考えたにしては上出来だったろう。
結果も悪くはないようで、幽霊は僕にそんな顔と言われた顔をくしゃりと崩し、薄明かりが瞬くように笑ってくれた。
「そんなそんなって、それじゃあいろいろ考えたわたしの立場がないじゃないですか」
幽霊がこんなに生き生きと喋る姿を、僕は想像したことすらなかった。
「それに、そんな顔って、わたしの顔がダメみたい」
「そんなことはありませんよ。ぜんぜんダメな顔じゃないですよ」
「もう、そんな、照れるようなこと言わないでください」
僕の本心から出た冗談もうまい具合に受け流し、幽霊はふわりと笑い声をあげた。
気づいてはいけなかったと自覚している。
それでも僕は、気づいてしまったのだ。
この、喉元を圧迫するような息苦しさの正体に。
「僕の気が晴れるにはどうしたらいいか、って言ってましたよね」
空気のほぐれてきた今がチャンスだと思った。
話の流れなんかは関係ない。
「だったらまたこうして、話し相手になってください。それで僕の気は晴れますから」
気づいてしまえば、認めてしまえばなんのことはない。
この気持ちは、何らおかしなものではない。
手を伸ばせば抱き寄せられるほどの距離で微笑む幽霊は、見れば見るほど、とてもとても魅力的じゃないか。




