反省会
予定では、僕の言葉に怖気づいて、幽霊が消えていくはずだった。
それがどうしたことか、幽霊は僕の悲鳴を聞き終わった後、残念そうに消えていった。
「まさか失敗するなんて……本当に申し訳ないです」
幽霊がこうしてしょんぼりとしているのも無理はない。
なにしろ、この「泣いた赤鬼作戦」を考案したのは他でもない彼女なのである。
「仕方ないですよ、結局、作戦通りにできなかったのは僕の方ですし」
見ているほうが申し訳なくなるくらいに落ち込む幽霊は、前に見たときよりもげっそりと痩せているようで、そのやつれた顔は僕に彼女のことを、幽霊であるということを理解していながらも心配させる。
「あの子に、邪魔しないよう言いつけておくべきでした」
「僕に進歩がないのがいけなかったんですよ。二度目だっていうのに、また悲鳴をあげてしまって」
僕が自嘲気味に言うと、
「二度目は逃げなかったじゃないですか。進歩しましたよ」
幽霊は落ち込んだ顔をしながらも、ふわりと笑った。
その言葉は慰めなのかも知れなくて、からかいなのかも知れなかった。
「それにしても」
バックミラーから視線を落とすと、幽霊が視界から消える。
代わりに目に映った車載のデジタル時計は、深夜二時目前であることを音もなく伝えている。
「あの子……あの子供の霊って、なんなんですか」
この話題の転換は話の流れに沿ったものなのか、それとも脈絡もなく変えてしまったのか、どちらなのだろう。
どちらにしろ、これ以上、後部座席に座る幽霊のやわらかい笑顔を視界や、思考の中に入れておくことはなんとなくーー恐ろしかった。
「なんなんですか?」
更なる疑問系となって復唱される質問。
言葉足らずであることは自覚していた。
「どんな霊なのかな、と思ったんですよ」
「どんな、かぁ。えーっと、素直じゃないけど、いい子ですよ」
それは、僕の期待していた類の返答だったのだろうか。
僕はあの少女の人格を聞いたのだろうか。
そんなことは考えるだけ無駄だ。
何かを知りたくて質問をしたわけではない。
「それから……ああ、どんな霊かって言うと、悪霊とか怨霊とか、そういう霊ですね」
「悪霊なんですか」
「はい、見た目は可愛いけど、怖いですよ。あの子のせいで死者だって出てるんですから」
いくら子供の姿をしているとはいえ、あの血眼の少女のことを可愛いだなんて、僕には到底思えなかった。
「死者が出ているんですか」
確かに、運転中にあんなものが現れれば、手元が狂って事故を起こしたって不思議はない。
それに、あの少女ならば、人を呪い殺してしまいかねないような、そんな気さえする。
ならば僕にも死の危険があるということになるじゃないか。
頭が痛くなった。
そんなに危険なものと、二度も遭遇してしまったというのか。
「だけど最近は、誰も犠牲にならないように、わたしが走り回っているから大丈夫ですよ」
いつの間にか、僕の目はバックミラーに向けられていたらしい。
再び、幽霊の笑顔がふわりと視界に舞い込んだ。
それで、僕の頭痛は違う質のものへ変容してしまったらしかった。
「それは、親切ですね」
「はい、わたしは良い幽霊ですから」
彼女はそう言って、きっとまた笑った。
窓の外に向けられていた僕の目には、その笑顔を捉えることができなかった。
「僕の所にも、だから走ってきてくれたっていうことですか」
「いいえ。あなたに危険はありませんでしたよ」
振り向いてしまったのは、なぜだろう。
「あの子があなたの前に出てきたのは、単にあなたとカノジョさんにいたずらをしたかったっていうだけみたいですし」
見えない力を僕に与えているのは、果たして誰なのだろう。
「わたしがあなたの前に出てきたのは、あなたとカノジョさんの仲を元に戻すためなんです」
おかげで、薄明かりの笑顔を真正面から見ることになってしまった。
「だから、一度の失敗じゃあ諦めませんよ」
幽霊の言葉に淡い喜びを感じたのは、いったいどうしてなのだろう。




