断罪する皇女
やっぱり悪役令嬢モノは悪役の悪事を先に書いて、さあここからひっくり返りますよ~! っていうのもアリだと思うんですよね。
ということでね、ここから逆転していきます
「私は、君とは婚約できない」
チタニアはハイジにそう告げられた。
「そんなの、あんまりですわ!」
どうしてこうなってしまったのだろう。全てが順調だったはずなのに、どこで何が狂ってしまったのか。
「どうしてこんな……こんな……」
みんながチタニアを見ている。取り巻きも同情の目をチタニアに向けている。
「どうしてこうなってしまったのよ!」
チタニアの金切り声が響く中、衛兵はチタニアの身柄を拘束した。
◇
――少し時はさかのぼる。
チタニアが三つのブローチをプレゼントした日、チタニアは取り巻きに計画の続きを話していた。
「私が求めるものは地位と財。そして財を得た今、残るは地位を獲得するだけですわ」
そのための次なる作戦その三は、『ハイジと親密な関係になる』こと。
そこでまずチタニアはハイジと接点を作る必要があるのだが、チタニアはこれについては特に何もする必要がないという。
「ハイジ様が学園で過ごされる時はいつも多くの令嬢に取り囲まれております。いくらチタニア様でも何か策を打たなくてはハイジ様と二人きりになれないのでは……」
「そう心配しなくてもよくてよ。……まあ見てなさい」
◇
ある日、チタニアは学舎の中を歩いているとハイジと多くの取り巻きを見かけた。
するとチタニアの取り巻きは驚く。「チタニア様のいう通りですわ……。この広いベルマーチで本当にハイジ様の居場所がわかるなんて……どうしてわかったのですか?」
「ハイジ様は時間通りに行動されるの。スケジュールさえ把握していればどこにいらっしゃるのかは全てお見通しなのよ」
「さすがです……チタニア様!」
ハイジは他の生徒とは違う特殊な時間割でベルマーチに臨んでいる。普通ならばわかりようがないのだが、ベルマーチにおける立場と財次第ではいくらでも先生を買えることをチタニアは知っていた。
「で、でもチタニア様、ハイジ様の居場所がわかっても肝心のハイジ様と二人きりでお話ができるという状況には……」
「あなたは本当に心配性なのね。だけど安心してちょうだい。私は既に持っているのよ。ハイジ様を引きつける魔法をね」
「魔法……ですか?」
取り巻きのぽかんとした表情をよそにチタニアは毅然とした態度でハイジの方へと歩く。すると、多くの取り巻きに囲まれたハイジはチタニアに気がつく。
「もしや、君はチタニアではないか?」
「あらハイジ様。ごきげんよう」
私は偶然を装いながら丁寧に挨拶をした。
「ルシアンの件は女王様から聞いている。身内の非礼については私からも謝罪しよう。申し訳なかった」
そういってハイジは頭を下げた。
ルシアンとチタニアの婚約破棄は既にベルマーチ中に広まっており、それはつまり王家内でも知れ渡っているということだ。『王家が慰謝料を払った』ということの意味するところは、ハイジからすれば同じ王子という立場として、王家の威厳のために贖罪をアピールすることなのだ。
つまり、顔を合わせると向こうから声をかけてくる。これがチタニアのいう魔法の正体だった。
思った通りの展開にチタニアはニヤりとする。
「頭をあげて下さいハイジ様! ハイジ様が謝罪なされることはありません! これは私とルシアン様の問題なのですから……!」
チタニアは哀しみのある表情で、だけど言葉は強がるようにそういった。そうすることでハイジに自分の弱さを勘ぐってもらい手を差し伸べやすくするためだ。
「何か私にできることがあればいつでも相談してくれ」とハイジはいう。
チタニアはその言葉を待っていた。
「ありがとうございます……。ではお言葉に甘えて、相談したいことがございます。そのことで後日王家にお伺いしてもよろしいですか?」
差し伸べた手をがっちりと掴むようにチタニアは尋ねた。
もちろんハイジが、「大丈夫だ」以外の返答ができないこともわかった上で。
◇
数日後、チタニアは王家に出向いた。
そして見事にハイジの部屋で二人きりの状況を作った。
だけどチタニアは作戦を急がない。ここはあくまで『次の段階』への布石としてやってきたのだ。
チタニアは、ハイジがチタニアのことを『ルシアンに婚約破棄された哀れな令嬢』という認識でいることを知っている。これは婚約破棄の手続きで王家を訪れた際、女の涙でルシアンの執事を懐柔したことで得た情報だった。
チタニアが『哀れな目』で見られている以上、いきなり『色恋の目』で見られることはない。だからチタニアはこの二つの間に『気にかける目』を挟み込もうと考えた。
そこでまずチタニアは、作戦その三の『ハイジと親密な関係になる』ことを四つの段階に分けた。
第一段階は『二人きりで会話できる環境を作る』こと。これはたった今二人きりになれたことで達成された。
次の第二段階である『ハイジがチタニアのことを気にかけるように仕向ける』ためにチタニアは口を開いた。
「ハイジ様、私のためにお時間を作って下さり本当にありがとうございます」
「構わないよ。それで、相談とはいったい何だ?」
「実は……」と、チタニアは身体を震わせながらゆっくりと話し始める。チタニアの演技を見抜けないハイジはその様子を見守りながら耳を傾けた。
「私がルシアン様とまだ婚約していた頃、私はセナナ様にはめられてしまったのです……」
「何? セナナ様が?」
ハイジは眉をひそめる。
「はい……。ベルマーチでのセナナ様は執拗にルシアン様の側におられました。私とルシアン様の婚約は周知されておりましたので初めは交流の一環かと思っておりました。ところがある日を境にルシアン様は人目を避けるようにしてセナナ様と密会までされるようになりました」
「ある日?」
「ルシアン様とセナナ様が……一線を越えられたのです……」
「なんだと!? 何とも信じがたい話だ……。それは真実なのか?」
「もちろんでございます……」とチタニアは涙を流す。その姿を見たハイジはチタニアのでっち上げ話を信じてしまった。
「ある日のこと、セナナ様は私を呼び出してこのお話をされました。そしてルシアン様から手を引かないと大変なことになると脅されたのです。そしてセナナ様からの嫌がらせが始まったのはこの頃からです……」
ハイジは黙ってチタニアの話を聞いている。
「それから一月ほどが経った頃、セナナ様は私にこういわれました。『ルシアン様に相応しいのはこの私だ』と。その場にはルシアン様もいらっしゃいました。そしてあろうことか、その場でルシアン様は私に婚約破棄を宣言なされたのです……」
チタニアは身体を震わせながらハンカチで涙を拭った。
「も、申し訳ございませんハイジ様……。つい感情が表に出てしまいました……。私のような一介の令嬢がハイジ様に話す内容ではありませんが、どうしても話しておかないと私自身が壊れてしまいそうで……」
チタニアが身体を曲げ頭を下げると、ハイジは近くに寄ってチタニアを優しく抱きしめた。
「よくぞ話してくれた。自分の中に秘めておく必要はないのだ。自分をもっと大切にしてほしい、チタニア」
「ありがとうございます……ハイジ様……!」
そういってチタニアはハイジの胸の中で大いに泣いた。落ち着くまでの間、ハイジはただチタニアを抱きしめ続けた。
「ハイジ様……このことはくれぐれも内密にしていただけないでしょうか……」
「なぜだ? これが真実ならば王家に卑しい者を招き入れることになる。しっかりと糾弾して……」
「違いますの、ハイジ様……」
「違う?」
「私がこの話をハイジ様にしてしまったからといって、ハイジ様に何かをしてほしいだなんて気持ちは少しもありません。それに、私からはもう離れてはいますが、私はルシアン様の幸せを願っております。理由はどうであれルシアン様がそうご決断なされたのならば、私はその想いを尊重したいのです……。ですからハイジ様もどうか私のこの想いを見届けて下さい……」
「チタニア……。わかった。君の気持ちは善処しよう」
「ありがとうございます……」
その後、しばらくの間チタニアとハイジの話は続いた。
涙を見せることでハイジに抱きしめさせたチタニアは自然な形でずっとハイジの手を握っていた。
そして別れ際。
「ハイジ様、今日は私のために時間をとって下さり本当にありがとうございました。私はこのことにめげず前を向いて進もうと思っております。それで、その……ハイジ様がもしもよろしければなのですが……後日、日のいい時にベルマーチで私とお茶をして下さいませんか?」
チタニアは顔を赤くしてハイジに尋ねた。
「わかった。チタニアがそれで元気になるのなら私も時間を作ろう」
「ありがとうございます……!」
チタニアは今日一番の笑顔をハイジに見せた。ハイジの対応が正解なのだと教えるように。
◇
そしてその日がやってきた。
今日の昼にチタニアはハイジと庭園でお茶をすることになっている。
もちろんチタニアはただハイジとお茶を楽しむわけではない。第三段階に設定した『ハイジのチタニアへの想いを膨らませる』ために、チタニアは策を巡らせている。
その内容は二つ。
一つ目はベルマーチの生徒を味方につけること。
地位や立場を争う環境においては、本来であればハイジとの関わりが表に出るということは他の生徒の嫉妬を買ってしまうだろう。
だが、ベルマーチにおいてチタニアは人気者なのだ。その人気者が女王の第一王子という人気者と親密にお茶を楽しもうというのだ。人気者同士が仲良くしていると、彼ら人気者と接点を持つために人は応援したくなるものをチタニアはわかっていた。
二つ目はチタニアがいった、『セナナがチタニアに嫌がらせをしていた』ということの客観的事実をハイジに認識してもらうことだ。
そのための方法をチタニアは朝から取り巻きに説明していた。
「いい? ハイジ様とのお茶が始まれば、偶然を装って現れるのよ。そして、『チタニア様がこんなに笑顔でいらっしゃるなんて本当によかったわ。セナナ様に嫌がらせを受けていた時は目も当てられませんでしたから』といってもらえるかしら?」
「わかりましたチタニア様!」
チタニアはニヤりとした表情で「ありがとう」と返した。
◇
お昼になると庭園にハイジが現れた。既に席に着いているチタニアは立ち上がりハイジを出迎えた。
そして二人だけのお茶会が始まった。
結論からいうとチタニアの作戦は成功した。
小さなお茶会は一時間ほど行われた。二人のお茶会はそれを目撃した生徒たちから瞬く間にベルマーチ中に広まることとなり、学園中が二人を祝福するムードとなっていった。
また、お茶会の最中に『偶然通りがかった生徒の小言』により、ハイジはセナナのチタニアに対する嫌がらせを信じた。
そして思わぬ収穫もあった。それはハイジに婚約についての話を振った時だった。
「私は婚約者を探しにベルマーチに来たのだ。お互いに婚約者に足る存在となるならば、いずれ必ず結ばれるであろう」と、ハイジはチタニアの目を見ていったのだ。
その意味するところは、チタニアも婚約者候補ということだった。
そして二人だけのお茶会が終わる時、チタニアは最終段階に向けての次の一手を打っていた。
「週末の舞踏会は私と踊ってほしい」と。
もちろんハイジはイエスとこたえた。
全てがチタニアの思惑通りにことが運ぶ。そのことをチタニアは取り巻きの前で自慢げに語っていた。
「これで残すところは最終段階だけだわね。『ハイジの心を掴む』のは私よ。必ず舞踏会で実現してみせるわ」
◇
しかし、その週末に開催された舞踏会にハイジが現れることはなかった。
そして、来る日も来る日もチタニアはハイジのスケジュール通りにベルマーチを駆け巡るが、ついにハイジを見つけることはできなかった。
他の生徒にも先生にも確認しても、誰もが口をそろえて見ていないという。
ハイジはベルマーチに来なくなった。
「いったいどういうことなの!?」
「落ち着いて下さいチタニア様!」
取り巻きがチタニアをなだめるがチタニアの機嫌は中々に直らなかった。
そんな時だった――。
ルシアンとセナナが仲良く庭園を歩いていることにチタニアは気がつく。
「どうしてこういう時に肉団子は私の視界に入ってくるのかしら。本当に目障りだわ」
「チタニア様が上手くいかないのは彼らのせいではありませんか?」
取り巻きが何気なくいったその一言にチタニアは反応する。
「……きっとそうだわ。疫病神のように私の周りをうろつかれると困るのよね。このムシャクシャした気持ちを楽にするためにも肉団子にはベルマーチから出ていってもらおうかしら」
「チタニア様? それは本気でおっしゃっているのですか……?」
「私は冗談をいう性格ではなくてよ」
チタニアの顔は歪んでいく。また新しい遊びを思いついたかのように。
そしてチタニアは改まって取り巻きに次なる作戦を伝えた。
作戦その四。
『脅迫文でルシアンとセナナをベルマーチから追放する』
チタニアは早速手紙を書いた。足がつかないよう、誰が書いたものなのかをわからないようにしてある。
内容は主に『ベルマーチから去ること』と『他言は更なる嫌がらせに繋がる』こと、そして『翌月以降もベルマーチにいた場合、この学園はあなたの戦場となる』というものだった。
取り巻きが受け取った二通の手紙には、それぞれ『軽薄な王子様』と『没落の皇女』と書かれている。チタニアはその手紙を出してくるよう指示した。
反応はすぐにあった。その翌日からルシアンとセナナはベルマーチに顔を出さなくなったのだ。
二人の呆気ない幕切れにチタニアは高笑いをした。こうも簡単にいなくなるものなのかと。
『自分に歯向かう下賤な令嬢はこの学園には必要ない』という想いが芽生えた瞬間だった。
「ベルマーチを支配しているのはこの私なのだ!」と、チタニアは高らかに宣言した。
◇
それから数日後、ベルマーチでは週末に開催される舞踏会の話題で持ち切りとなった。何でも、コレット王女が出席するとのことだった。
コレットといえばハイジと親密な間柄だという噂がたっている。
だが、チタニアにとってその噂の真偽はどうでもよかった。『気にくわない令嬢はただ処分するのみ』という考えでいるからだ。
コレットのこともルシアンやセナナ同様に追放してやると意気込むチタニアは早速手紙を書いた。
だけどすぐに手紙は出さなかった。いや出せなかった。
チタニアは、コレットについては名前と隣国の王女であること以外は何も知らない。どこに住んでいるのか、どのような容姿なのかがわからなかったため、手紙を書いてもその送り先が不明で取り巻きに渡せなかったのだ。
だけど舞踏会当日には本人が現れる。そうすると手紙は乗ってくる馬車にでも投げ入れることができる。
仮に手紙の存在が公になって大騒ぎしても誰が出したのかわからない。だからチタニアは大胆にもベルマーチで渡すことにしたのだ。
チタニアはコレットがどんな反応をするのか楽しみだった。チタニアは『薄幸の王女』と書かれたその手紙を懐にしまった。
◇
舞踏会当日、チタニアは意気揚々と会場に入った。
この舞踏会の目的は楽しむことではない。コレットを追放することだ。
なので開催時刻を過ぎてからゆっくりと会場に訪れた。
ところが、会場に入るとチタニアは驚愕することになる。
なんと、ハイジは既に踊っているではないか。
ハイジがベルマーチに現れなくなって十日目となる今日、チタニアは目の前にいるハイジをみてただただ驚く。
「どうしてハイジ様が……!」
と、すぐに平静を取り戻し、既に出席している他の生徒に、「ハイジ様はどなたと踊っているの?」と尋ねる。
他の生徒は「コレット王女だよ」とこたえた。
「あのご令嬢が……コレット王女なの!?」
そしてチタニアは距離をつめ近づいていくと、更に驚くことが起きた。
ハイジと踊っていた令嬢は、『セナナの相応しい相手はルシアンだ』ということを焚きつけたあの令嬢だったのだ。
コレットは黄色い髪を優雅に揺らしながらハイジと踊っている。
「どうして……? いや、なぜコレット王女はあの時に私と……?」
唖然として立ち尽くすチタニア。それに気づいたコレットはハイジに合図を送る。
振り向いたハイジは、「待っていたよ、チタニア」といった。
◇
「チタニア。君に聞きたいことがある」
「な、何でしょうかハイジ様……?」
「今、このベルマーチで起こっている事件についてだ」
「事件……ですか?」
「ああ。脅迫文によって生徒を追い出すという事件が起きているのだ。そのことについて、チタニアに尋ねたいことがある」
「……私を疑われているのですか?」
「どうもチタニアには不可解な点が見受けられる」
チタニアは考えた。手紙が見つかったとしても、自分と手紙とを結びつけるものは何もない。知らないフリをすれば乗り切れるだろうと。証拠は何も残していない、だから大丈夫だと。
こうして、舞踏会場の真ん中でチタニアに対するハイジの尋問が始まった。
「私はルシアンの執事より、『チタニア様はルシアン様に対して婚約破棄を取り下げるよう懇願なされる』と聞いている。これに間違いはないか?」
「え、ええ。間違いはありませんわ。私は必死の思いでルシアン様とお話しましたが、結局私の想いが届くことはありませんでした……」
チタニアは落ち込む素振りを見せる。内心では、『なぜハイジは今になってこの話をしているのか』と考えながら。
「では――」と、ハイジが手で合図を送るとコレットが前に出てきた。
「コレット王女から聞くに、君はセナナ様にルシアンとの婚約破棄を促したそうだが、間違いはないか?」
チタニアは戦慄した。
ようやくわかった。これは、『コレットが攻撃を仕掛けている』のだと。
「そ、そのような事実はございません! わ、私はコレット王女とは今初めてお会いしましたの! それにハイジ様! 私のルシアン様への気持ちは十分にお話したはずですわ! 私のことは信じては下さらないのですか!」
確かにチタニアはコレットに婚約破棄を促した。だけどそのことを知るのはチタニアはコレットだけだ。会話の事実なんて一方が否定すれば証言としての価値はない。だからチタニアは真向から否定する。
そして得意の演技も忘れない。チタニアは目に涙を浮かべた。
一方でチタニアは、どうしてコレットが消しかけてくるのかを考えた。そして辿り着いた答えは、『コレットもまたハイジの婚約者候補』だった。ハイジ様を得るために攻撃してきたのだと。
その瞬間、チタニアは決意した。絶対にコレットを追放しようと。
「そうか」
ハイジは短くこたえ、コレットは下を向いた。チタニアはこのまま押し切れると確信した。
「では、あの者たちもコレット王女と同じく虚偽の申告をしているという主張でいいのだな?」
と、ハイジは一点を指さした。チタニアが見ると、そこにはルシアンとセナナが立っていた。
「な、何で肉団……ルシアン様やセナナ様がいらっしゃるのですか!?」
「何をいっているチタニア? 今日は舞踏会、いない方がおかしいのではないのか?」
ハイジの的確な返しにチタニアはたじろぐが、すぐに平静を取り戻して嘘に嘘を重ねる。
「ハイジ様! ルシアン様やセナナ様に何を吹き込まれたのかは存じ上げませんが、私には何の非もございません! 事実、婚約破棄が決まった際に私は多額の慰謝料を王家より頂戴しております! こんな、みんなが寄ってたかって私を貶めることを黙って見過ごされるおつもりですか!? ハイジ様!」
チタニアは大粒の涙を流して自身があまりにも不憫な存在だとアピールした。
チタニアの演技力は本物で、周りに集まる生徒の間では、『チタニアが可哀想』というムードが流れている。相手があのハイジであっても、これまでに積み上げてきた自分の立場が勝っているというこの状況は、チタニアにとっては追い風となった。
「ハイジ様は私にできることは何でも協力するとおっしゃってくれました……。私のことを抱きしめながら……手を取りながら……そうおっしゃってくれたではありませんか……!」
これはハイジへの説得だけではなく、『これほどの関係』というコレットへのけん制も兼ねている。そして集まる生徒たちへも訴えているのだ。
みるみるとコレットの顔が強張っていく。そして周りにいる生徒たちからはチタニアを擁護する声も聞こえ始めた。
状況は既にチタニアへと傾いていた。
だけど。
これほどまでに劣勢な状況でも。
「ならば――」
ひっくり返すことができる一言を。
泣き顔で攻め立てるチタニアの化けの皮をはがすほどの一言を。
真実を解き明かす一言を。
ハイジはいった。
「――その懐にしまってある手紙はどう説明つけるのだ?」と。
チタニアは目を見開いた。
表現豊かな演技はぴたりと止まり、その表情は固まっている。
「い、いったい何のことでしょうかハイジ様……。わ、私はそのようなものは持ち合わせていませんが……」
チタニアはしらを切る。
それ以外の方法が思いつかないからだ。
だが、ハイジはチタニアの反応を予測していた。
ハイジは両手を挙げて二度手を叩くと、側に二人の衛兵がやってきた。
どうしてこの舞踏会に王家の衛兵がいるのかとチタニアは思った。
そしてふとルシアンに目をやると、ルシアンはチタニアに向けて二通の手紙を掲げて見せた。
そして悟った。自分ははめられたのだと。
「私は……し返されたの……?」
もうチタニアに打てる手はなかった。
だけど、それでもチタニアは諦めるわけにはいかなかった。こうなってしまった以上、取れる選択肢は一つしかない。
チタニアはハイジに駆け寄った。
「ハイジ様……! ハイジ様! お願いです! 私はルシアン様に婚約を破棄されて、心身はもうボロボロなのです。そんな時にハイジ様に心優しくされて、私はいつもハイジ様を想うようになりました。お願いですハイジ様、どうかハイジ様の御心で私のことを救って下さいませんか!?」
ハイジはしばらくチタニアを見つめる。可憐に麗しいその表情から流れる涙に、誰もが手を差し伸べるだろうと思った。だがハイジは黙ったままチタニアを引きはがすと、冷たい声で衛兵に、「連れていけ」と命じた。
二人の衛兵がチタニアに近づく。
「お待ちください!」と、チタニアは声色を変えて叫んだ。先程までのか弱い声ではなく、堂々とした声が会場内に響く。
チタニアはやり方を変えたのだ。泣き真似で同情をかうやり方ではなく、真っ向勝負を挑むように。
ハイジはそんなチタニアと目を合わせる。
「ハイジ様、覚えていらっしゃいますか? 二人だけのお茶会のことを」
「ああ、覚えている」
「ハイジ様はおっしゃいましたよね。ハイジ様も私も、お互いが婚約者に足る存在となるならば、いずれ必ず結ばれるであろうと。あの時に私は思いました。ルシアン様と過ごした日々にはなかった、お互いに尊重し高め合う関係をハイジ様となら実現できると……。私がその時に抱いた感情こそが、紛れもない愛なのではないかと! ……ハイジ様。私は全てを投げうってでもハイジ様とこれからを生きていきたい。このチタニアと、一生を添い遂げては下さいませんか」
チタニアは持てる感情をハイジにぶつけた。その曇りなき眼にはハイジだけが映っている。
ハイジは堂々と話すチタニアを真っ直ぐに見た。そして直感する。これは本音なのだと。
生徒たちは静まり返り、ハイジの返答をいまかいまかと待っている。
そしてハイジは口を開く。
「私は、君とは婚約できない」
チタニアはハイジにそう告げられた。
「そんなの、あんまりですわ!」
どうしてこうなってしまったのだろう。全てが順調だったはずなのに、どこで何が狂ってしまったのか。
「どうしてこんな……こんな……」
みんながチタニアを見ている。取り巻きも同情の目をチタニアに向けている。
「どうしてこうなってしまったのよ!」
チタニアの金切り声が響く中、衛兵はチタニアの身柄を拘束した。
◇
それから数日が過ぎた。
チタニアは王家の牢で審判が下るのを待っている。懐にしまった手紙が決め手となり、脅迫文や二人の王子への罪は既に明るみとなっている。
看守が現れた。
二人の面会希望者がチタニアを尋ねてきたのだという。
チタニアは看守に連れられて面会室に入ると、そこにはルシアンとセナナが座っていた。
「私のことを蔑みにいらしたのかしら?」
「君は牢に入っても性格は変わらないのだな」と、ルシアンは落ち着いた様子でいった。
「大きなお世話だわ。……用がないのなら私はこれで失礼しますわ」
チタニアは席を立ち面会室を出ようとするが、「待ちなさいチタニア」とルシアンが止める。
振り向くチタニアにルシアンは言葉を続ける。
「君を牢から解放する」
「……何ですって?」
「条件は、謝罪と財産の返上、そしてこれからは真っ当に生きろ。それ以上は求めない」
「……ふうん。そんなことをいって結局はお金なのね。私がそれをのむ理由はなくてよ? 今はお父様が直接女王様へ掛け合ってくれていますの。あなたたちの力なんて借りなくても私はここから出られますのよ」
「これを見ても果たして同じことがいえるか?」
ルシアンは一通の手紙を出した。
「これは先日シエラ家から届いた女王宛の手紙だ。読んでみろ」
チタニアは雑に手紙を取り上げて読んだ。するとみるみるうちに顔が強張っていく。
手紙の主な内容はこうだ。『チタニアをシエラから破門する』こと。『またこの件の償いとして、三分の二の領土を女王に差し出す』こと。そして最後には『チタニアの処刑』が書いてあった。
「父君は君を見限ったようだが、これでもまだ意地を通そうというのか?」
「そんな……お父様が……」
チタニアは愕然として手紙を落とす。
「チタニア、君に残された道は二つだ。罪を償いここから出るか、処刑されて死ぬか。さあどうする?」
ルシアンはチタニアの性格を知っている。だからあえて選択肢を提示した。その高すぎる自尊心から強制を好まないチタニアに、あくまでも自分の意思で選択したのだと思わせるように。
ただ、あまりにも偏った選択肢のために本来ならば強制となんら変わりがない。だが、追い詰められたチタニアはそこまで頭は回らず、結果としてルシアンの思惑通りにチタニアは自分で罪を償うを選択した。
「……約束しますわ」
「そうか。いい決断だ」
そういってルシアンは席を立ち、セナナをつれて部屋を出た。
◇
数日後、ベルマーチには何事もなかったかのように振る舞うチタニアの姿があった。
一時は牢に入ったともあり、最初は居心地が悪くなるような展開になるとルシアンは思ったのだが、さすがはチタニア、そこは持ち前の立場で難なくクリアしていた。
◇
それから二週間後、ルシアンとセナナの結婚式が無事に執り行われた。
尚、ルシアンはこの件において、ベルマーチ内での立場の低さを気にしていたのか、自分磨きに奮闘し、結婚式では他の王子に引けをとらない容姿と社交性を身に着けた。ルシアンの類稀なる努力にセナナは感激したとかしないとか。
そしてルシアンとセナナは結婚式を機にベルマーチを卒園した。
セナナは王家に移り住みルシアンと幸せに暮らした。
その後、二人はまたいろいろと経験することになるのだがそれはまた別のお話。
◇
窓の空いた部屋で、セナナは記録をとっていた。
ドアがノックされて返事をすると、ルシアンが部屋に入ってきた。
「侍女から聞いたのだが、あの事件の記録はもう書き終えたんだって?」
セナナは頷くと、ルシアンに一冊の本を渡した。
その本の表紙にはこう書かれていた。
「EP1――報復エンド」と。
本編はこれでおしまいです。
最後におまけとして、この本編を『セナナ』目線で振り返る手記を書く予定です。
タイトルもそうですがこの作品はセナナが主人公なのです。
◇
この作品は投稿中の作品とリンクしてます。
『王子様は愛を知らない』の一か月前の物語
『伯爵令嬢と想いを紡ぐ子』の一年前の物語
※世界観は同じですが作品自体は独立してます。
この作品が面白いと感じられましたら是非とも読んでみてください!




