人生に犠牲は付き物、皆で幸せなんて有り得ない!?
静かだ…。
聞こえるのは、刻一刻、時を刻む時計の音だけ。
俺はホットウィスキーを片手に、厚手のカーテンを少し開けてガラス越しに外の暗闇を見た。
寒いと思ったら、雨はいつの間にかみぞれ混じりになっている。
「夜更けには雪に変わるな…」
俺は口元にニヒルな笑みを浮かべて、ホットウィスキーを口に含んだ。
「ブッ、熱っ! 熱熱熱熱ぅーっ!!」
俺は犬だが猫舌だった。
『馬鹿ねぇ…、気をつけてよ』
呆れた様な美沙子の笑顔が思い出される。
元気で変わり無く過ごしているだろうか…。
美沙子は今、遠い空の下に居る。
遠いシベリアの空の下に…。
俺は、この平穏な生活と引き換えに、美沙子を差し出したのだ。
なかなか国へ帰ろうとしないバッフィーに、美沙子を連れて帰らせた。
『美沙子、お前海外旅行行った事なかったよな…。バッフィーと一緒に、あいつの国行ってみたら? 金の事なら心配すんなよ…、少し早いクリスマスプレゼントだ、俺が出してやる。ゆっくりして来いよ』
すまない美沙子!
そうでもしないと、あの野郎いつまでも居座りそうな勢いで…。
俺…、怖かったんだ。
“貞操の危機”って奴?
あいつ…、目がマジなんだからぁ…。
俺は美沙子への後ろめたさに表情を曇らせ、琥珀色のホットウィスキーを見つめた。
その時、玄関で物音がした。それは、鍵を開けようとする音…、合い鍵は美沙子しか持っていない筈…。美沙子か!?
それにしては早過ぎないか…?
旅立ったのは二日前の朝だぞ…、じゃあ今、まさに鍵を開けたのは……、誰だぁぁっ!?
「茂吉〜ぃぃ! 会いたかったぁん」
バ…、バ、バ、バッフィーーーー!?
何故お前がここに!?
いつもの様に、俺は押し倒され、顔を舐め回される。
「ただいま〜、バウちゃん本当モッキーが好きなのねぇ〜」
美沙子の暢気な声がして、俺はバッフィーを避けて顔を上げた。
「み、美沙子…、ど、ど、どう言う事だ?」
美沙子は鍵とキーホルダーの束をジャラつかせながら、上機嫌な声でのたまわった。
「いい温泉だったわよ〜」
「温泉!?」
バッフィーが、俺の頬に腕を擦りつけてきた。
「そうなの! 見て見て見て見てぇん、お毛毛がサラサラよぉ〜」
えぇぃ、お前の毛など、どうでもよいわ!
バッフィーは放っといて…。
「温泉って何だ!?」
「だって〜、クリスマスプレゼントだって言ったじゃん。あたしの好きなとこ行っていいでしょ?」
「お、俺はこいつをシベリアへ送り返せと…、あぁ、うっとーしい! どけっ! バッフィー!」
「あ〜〜れ〜〜!」
ムカつく!
又、わざとらしく大袈裟によろけやがった!
「モッキー、酷い! バウちゃん、モッキーに会うの楽しみにしてたんだよ!」
美沙子はバッフィーに寄り添い、俺を睨む。
「いいの、美沙ちゃん。あたし…、こんな茂吉も好きなの…」
「バウちゃん…、なんて健気な…。ほんとバカな子…」
「美沙ちゃん」
「バウちゃん」
二人はひしと抱き合い、訳の分からない涙を流す。
何なんだ!?
この三文芝居、猿芝居、茶番劇…、又俺一人悪者かっっ!?
憮然とする俺を尻目に、二人は土産の温泉まんじゅうでティータイムと洒落込むのだそうだ。
ここは俺んちだぞ!!
俺への土産じゃないのか!?
まったく…、女って奴は…。
ちょっと待ったぁぁ!
バッフィー、お前は女じゃねぇぞぉ!!!!
俺の静かな時と、金…、返せ…。