身に覚えの無い…、これは罪? そして悲劇は起こった。
俺は今、人生最大の苦悩に直面している。
昨日、ニワトリのケンタが、俺んちで卵を産み落としてった。
奴…、いや、彼女は何も告げずに去ってしまい、俺は産みたての卵と二人(?)残され、途方に暮れた。
彼女はわざわざ俺んちに産卵しに来たのだろうか…?。
何故?
これが他人事なら、俺は迷わずこう答えてやる…。
『お前の子だからに決まってるじゃねえか!』
この卵は俺の子なのだろうか…、この…、この脇の下で温めている卵は、俺の子なのか…!?
しかし、子供が出来るにはそれなりのステップが有る訳で…、俺にはその段階の記憶が無いのだ。
昨日奴が…、いや、彼女が卵を産むのを見るまで、俺は思い込んでいたのだから…。
ケンタは、雄であり♂でありMenなのだと…。
だって、“ケンタ”って普通は男の名前だろう…。
まあ、今更何を言ったところで、逃げ口上にしか聞こえないだろう。
産まれてくる子供に罪は無いし…、大人の都合の犠牲にもしたくない…。
よし…、俺も男だ!
潔く現実を受け入れよう。
さあ、いつでも孵化してくるがよい…、我が子よ!
とさかを持つ犬だろうと、肉球のあるニワトリだろうと、私が君の父だよ!
嗚呼、種を越えた愛の結晶よ!
「ネェ…、ゆで卵、半熟がいい? 固茹でがいい?」
対面式のキッチンから、美沙子がカウンター越しに、暢気な顔を見せる。
美沙子にも真実を告げなければ…、俺の元を去って行くだろうな…、ああ見えて嫉妬深い女だから。
それを愛されている証拠だと考えた事もあるが、ケンタとの間に出来た子を、共に育てようとは言ってくれないだろう…。
「ネェってば! 半熟ならもういいと思うんだけど…?」
「半熟…………? 卵?」
「そうよ、どうする?」
待て待て待て待て…、卵…、卵…、卵?
しばらく買った覚えがないぞ…。
俺は、すっと血の気が引くのを感じ、脇に意識を集中したが、そこには変な汗を感じるだけだった。
「無いっ!!!!」
俺は弾かれた様に腰を上げて、クッションをどかしたり、ソファのマットの隙間に手を入れてみたりして、我が子を捜した。
「どうしたの?」
訝しげな表情の美沙子が、エプロンで手を拭きながらやって来た。
「た、た、たま、たま、卵が…」
「ここにあった卵なら今、茹でてるよ…。モッキーがトイレ行った時に置いてあったから…、食べたいんだろうと思って…、気が利くでしょ?」
NOーーーー!!!!
我が子が…、初めての我が子が…。
「あ…、あれは…、あれはケンタが…」
「ああ〜、ケンタが産んでったの?」
「えっ?」
美沙子は平然とキッチンへ戻って行った。
何を知ってるんだ…、美沙子!?
「ケンタが雌だって知ってたのか?」
美沙子は、ヘラヘラ笑いながら言った。
「何言ってんの~? 時々卵産んでくじゃない…、モッキーいつも美味しいって食べてるじゃん」
俺は寂しさと安堵の混じった不思議な心境で、鼻歌混じりの美沙子の横顔を見ていた。
そして、ふと恐ろしい考えに至った。
ケンタは時々うちで俺の子を産んでいたと言う…、美沙子はそれを素知らぬ顔で俺に食わせていた…。
オーマイガッッ!
嫉妬と言う名の狂気のなせるわざかっ!?
美沙子がニヤリと笑った様に見えた……、お前には逆らわない方がいいな…。