臭いニオイは元から絶たなきゃダメ!
奴が来た…。
どこから情報を得たのだろう……、美沙子、あの女、裏切りやがったな。
「ちぃ〜す! こたつ買うたてか? 美沙ちゃんに聞いたニャア」
やっぱり…。
今度来たらお仕置き決定だな…、あんな事やこんな事…、いやいや、頑張れ俺! 脅威は、今、目の前に有る!
「やっぱりこたつはいいニャア…」
涼二はうっとりした様子で、紫檀調の美しい天板にほお擦りした。
(おいおい…、ほらぁ、お前の毛が天板に纏わり付いたじゃねえか…)
「お前んちにもこたつ有んだろ…、帰れ」
恐らく皆さんは、俺が酷い事を言ってる様に思われたでしょう。
こいつの恐ろしさをご存知ないから。
これしきの事を言われて凹む奴じゃないから…。
と言ってる間にも、奴は中に潜り込もうと、こたつ布団の下で頭を左右に降ってやがる。
断固阻止しなければ…!
ここで侵入を許せば、奴は春まで出て来ないだろう。
「ウラァ! 出ろ! 出ろ!」
俺は奴の派手派手しい尻尾を引っ張ってやった。
「ギャ! フゥーッ!」
「わあぁ! やめろぉ!」
キルティングの敷き布団に爪立てやがった!
嗚呼ぁ…、糸がほつれてクチャと生地が寄っちまってる。
「何してくれてんだよ! 誰に向かってフーとか言ってんだ!」
睨み付ける俺を尻目に、奴は、しれぇっと爪を舐め上げている。
ふてぶてしい顔だ。
苛々する!
揚げ句の果てには、後ろ脚で、耳の後ろを思いっきりカイカイカイカイし始めた。
羽毛の様な毛が、フワァと舞って……。
もういいや…、こいつに何言っても無駄だ…。
何処までもマイペースなのだ。
今だって既に奴は、こたつの上のみかんを一心不乱に手で転がして嬉々としている。
柑橘系は苦手じゃなかったっけ?
もうどうでもいい…、どうにでもしてくれ…、殺せ! いっそ一思いに俺を殺してくれ!
「元気出すニャア…」
誰のせいだと思ってんだ…。
俺は、『料亭の味 最高級花かつお』を一袋奴に持たせて、お引き取り願った。
「あざぁ〜すっ、ニャンか、かえって悪りいニャア…」
言葉とは裏腹な奴の舌なめずりを俺は見逃さなかった。
あの、したたかで満足げな笑みを一生忘れるもんか…。
奴が出てった後、玄関の鍵を掛け、部屋のありさまを見渡した俺には、もはや溜息をつく気力もなかった。
フローリングの床を転げる奴の毛ぼこり…、何箇所もほつれた敷き布団…、奴の鋭い爪で引っ掻かれた天板…、ぐちゃぐちゃに潰されたみかん…、至る所に汁が飛び散っている。
こたつカバーが防水で、まだ助かった…、なんて自嘲気味に笑った俺は、次の瞬間、我が目を疑い固まった。
「あんの野郎ぉ! 一体誰の為に猫砂置いてやってると思ってんだ!!」
今日の新聞…、しかもテレビ欄に…。
「何で、こんなとこに糞すんだよ!!」
本屋に行くとトイレに行きたくなるって言う…、インクの匂いが便意を誘うって言う、あれか? あれなのか!?
俺は、こたつをしまう事にした。
雪の中を駆け回ってこそ、犬の中の犬だ…。
雨が降ろうが槍が降ろうが…、いっそ矢でも鉄砲でも何でも降って俺を殺せぇーー!